シュヴァリエからの手紙 2

「ふ。シュヴァリエの女官か、あのフェリスの随身の苦労の賜物だろうな」


「まあ、でも、王太后様。レティシア姫は、サリアでも聡明で名高かったそうですよ。幼いのに、大人のようなことを仰る不思議な姫様で、それがいまのサリア王の不興を買ったそうですけれど……」


「幼いのに、大人のような賢しいことを言う子供。何処かの若君そっくりだな」


 ほろ苦い記憶がマグダレーナの脳裏に蘇る。


(なんと、フェリス様はもうこの数式が解けると)


(図書宮の書物がフェリス様に読みつくされてしまいそうです。本当に利発な……天才とはあのような方のことを……)


(きっとマリウス様を助ける賢いディアナの片腕におなりになりますよ)


 最初は気にも留めてなかった。


 なんと母親は舞姫だったのに、あの子供はそんなに賢いのか、と驚いたくらいだ。


 だが、母を亡くしたフェリスがシュヴァリエを任されて、シュヴァリエを治め始めた頃からただの「賢い子供」の域でなくなる。


 いや最初から、「ただの子供」ではなかったものを、あれは少し綺麗な利発な子供、と無理に納得していたかっただけかも知れない。


(なんと聡明なフェリス様。兄君とは)


(剣の腕も、魔法の技も、人知を超えて…)


(フェリス様は竜王陛下の血をとても強くお引きなのだ……)


 孤独な賢い子供は十七歳に成長し、竜王陛下の姿を現世に写しとった美貌の青年に成長して、マグタレーナの頭痛の種となる。


「そうですね。幼い頃の御自分のようで、フェリス様はレティシア姫が愛しいのかも知れませんね」


「馬鹿馬鹿しい。妾に茶を」


 苛々して、マグダレーナは侍女の言葉を遮った。


 もともとが、寄る辺ない昔の自分のようだと、親を亡くした幼い姫に同情するフェリスに押し付けた結婚だというのに、フェリスがひどくあの娘を可愛がっているのが不愉快なのは何故であろう?


 誰にも懐かず、誰にも心を預けないように生きて来た、なさぬ仲の義理の息子が、まるで愛しいものでも見るように、あの小さな姫を見つめることが不愉快なのは何故……。


「は、はい、王太后様」


「レティシア姫は、ひどくマグダレーナ様の御執り成しに感謝されて、魔法省やレーヴェ神殿にお声がけ下さったことをお喜びのようです」


「妾は不穏な姫ではないか、念のため、確認せよと言うただけぞ。勝手に好意に解釈しておるな」


 珍妙な娘だ。


 まあ、義母に礼を言わぬと角が立つということもあろうが。


 そもそもマグダレーナに怒り出す人間なぞ、何十年ぶりに見た。


 ディアナに、マグダレーナより高位な者はもうマリウスしかいないから。


「で、でも、よろしゅうございますわ、マグダレーナ様。きっと、陛下も、母上様の御優しさに心癒されます」


「そうでございますわ」


「ああ、マリウスの喜びそうな話ではあるな」


(母上、フェリスに優しくしてあげてください。僕たちは、等しく母上を尊敬する母上の子です、フェリスは僕の兄弟なのですから) 


 等しくマグダレーナの子であろうはずもない。


 あんな美貌も、魔力も人離れした者を生む力は、マグダレーナにはない。


 ステファンの愛を奪った寵姫イリスが憎いとかどうこうではなく、マグダレーナにとってフェリスはずっと「扱いづらい子供」だった。


 長じて、「竜王陛下そっくりの、扱いづらいやっかいな王弟」になった。


 フェリスの碧い蒼い瞳が、何ともいえない表情で、それこそいまのレティシアのように、五歳の頃から、マグダレーナを見上げていたのを覚えている。


 義母上に愛されたい、ではない。


 義母上が憎い、でもない。


 僕は、貴女をどうしてあげたらいいのかわからない、と言うような……。


 いまの大人のフェリスにも似た、戸惑いに満ちた、空と海の色を写した瞳……。


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