サリアの災いを呼ぶ姫 60

「ねぇ、ネイサン陛下の部屋の薔薇がみんな枯れて……イザベラ王妃様のところも薔薇が枯れてしまったんでしょう? 気味が悪いわ……レーヴェ神の祟りもだし、いい加減、アーサー王かソフィア王妃だって、可哀想なレティシア姫の花嫁交換の話にお怒りなんじゃ……」


「しっ。言っちゃダメよ。叱られるわ」


美しいお仕着せを着たサリア王の女官は、人差し指を立てる。


王族は政略結婚も珍しくもないとはいうものの、五歳のレティシア姫を竜の国と言われるディアナに? 竜の国とはいったい? と誰しも釈然としない思いはあった。


流行り病でアーサー王とソフィア王妃とあまたの国民を失い、その痛手からまだ立ち直れぬサリアにとって、ディアナの美しい王子様が魔法でレティシア姫の病気の愛馬を迎えに、は御伽噺のように民の心をはしゃがせた。


それを一転、レティシア姫とアドリアナ姫を花嫁交換と聞くと、せっかく罠から逃げ出した白い兎がまた捕らえられるようで、他人事ながら気が晴れないようだ。


「私も聞いたけど、レーヴェ神殿では、レーヴェ神の石像が涙を流してるんですって……! やめればいいのに、花嫁交換なんて……レティシア姫はちいさいのに変わった大人みたいな姫だったけど、あんな我儘なアドリアナ姫が、ディアナみたいな難しい大きな国でつとまる訳が……」


「ほらほら、そんなの聞かれたら、イザベラ様に殺されるわよ。レーヴェ神とフェリス様ってそっくりなんですって? 私もつい号外の絵姿買っちゃった。怖ろしい変人王弟なんて言われてたのにねぇ、なんて美しい御方なのかしら……」


何故、サリアの神殿のレーヴェの石像が涙流してるんだろう? 


レーヴェが遊んでるんだろうか? 物凄くやりそうだな。オレはぜったいレティシア帰さないぞ、可愛いうちの娘を盗ったら泣いてやるからなーとか。


フェリスは女官達の話を遠くに聞きながら、美しい眉を寄せた。


うちの先祖はたちの悪い、優しい、最強竜神。愛しいものを奪われることなど、天と地が引っ繰り返ろうと受け入れない。どうやらそれはフェリスにも引き継がれているようだ。


サリアの神殿に行ったことはないが、レーヴェの石像なら、当然、フェリスとそっくりだろう。


フェリスの貌をした像が、レティシアが失われることを泣いてるのかと想うと、少々、正直すぎて面映ゆい。


フェリス本人は、泣くのではなく怒っていて、サリア王宮を灰燼に帰したい衝動を堪えるのに、難儀している。


レティシアの御両親の思い出の多い王宮を壊してはいけない。


ちいさなレティシアを苦しめた者は憎いが、罪なき人々が巻き添えになってはいけない。


「フェリス様、レーヴェ様の像から涙って、サリアのレーヴェ様に何か……」


遠くで話す女官達の声をレティシアも聴いて、心配な顔になってている。


「レーヴェがレティシアを盗られそうで泣いてるのかな」


「いえ、フェリス様、私はまだ竜王陛下に名前も覚えてもらってないかと……、これからフェリス様のき……妃として、ですね、竜王陛下に私の名前も覚えてもらえるといいな、というところです!」


名前を覚えるも何も、毎日オレの話し相手をしてくれる可愛いレティシアが帰るなんてありえない、とレーヴェ本人は拗ねてると想うんだが……。


しかも勝手にレティシア転移させてくるし。


こんな空気の悪いところに、レティシアを長居させたくないのにな……。


レティシアを腕に抱いてると、僕があまり無茶なことできないと読まれてるんだろうか……?

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