第276話 天を司る身内贔屓の君

「フェリス様、くすぐったいですー!!」


近い! 近すぎる!

いくらレティシアがフェリス様の御顔が大好きと言っても、多少の距離は欲しい!!


「だって、レティシアが変な顔を……」


「レティシアはもともと変な顔なのです。フェリス様のような美人さんではないので」


ぷいとレティシアは顔をそむける。


とにかく少し視線をフェリス様から逃したい。


「……? 僕のレティシアはとても美人さんだよ?」


「それを私の国の言葉では、贔屓目と言います」


サリアでなくて、日本でだけどね!


「ひいきめ? いや、公正な判断だと思う。レティシアはとても美しいよ。今日、僕以外のみなもそう言ってたろう?」


「それは……」


それはシュヴァリエの人は、フェリス様大好きすぎて、フェリス様のお嫁さんなら可愛く見えて仕方ないんだと思う。


「サリアで僕の可愛い花嫁を美しくないと言った者でもいたの? だったら僕は、その者の口を耳まで引き裂きたい」


「ふ、フェリス様……」


そんな恐ろしい事、フェリス様に似合わない。


醜いと言われた訳ではないけど、何だか、不気味な姫と、不吉な姫、の言葉が強すぎて、それ以前には言って貰ってた「可愛い姫」の感触を久しく忘れてた。


ディアナに来てから、やたら可愛いと言われて、お世辞でもちょっと嬉しい。


フェリス様のところに来てから、毎日、とても幸せ。

幸せ過ぎて怖いくらい……。


「僕の可愛いレティシアの瞳を悩ませるものは何?」


「……叔母様が」


「うん」


「フェリス様を見ていたときの御顔が怖くて。……叔母様があんな御顔をされたときは、いつも目覚めると、いままで私によくしてくれた身近な者達が、私の傍からいなくなってしまって……」


優しかった乳母も、女官も、じぃも、騎士も、みんないなくなった。


それは悲しかったけど、レティシアから離されただけで、その者達が何処かで幸せに生きてるならいい、レティシアの為に大切な者達の生命が脅かされてはいけない、と諦めてきた。


あんまり多くのことを諦めすぎて、何か望むことを、段々忘れてしまった。


「傍仕えの者を奪ったように、サリアの王妃がレティシアから僕を奪うと?」


フェリス様が碧い碧い瞳で、不思議そうにレティシアを見つめる。


「ここはディアナで、フェリス様は強くて、そんなことあるはずがないのに……」


「そうだね。僕がサリア王妃に攫われて失踪でもしたら、さすがのうちの義母上もサリアに瞬時に報復するんじゃないかな。我が一族は勝手だから」


「ほら、フェリス様、お笑いになる。だから、言いたくないって言ったのに……自分でも、ばかみたいってわかってるんですけど……」


怖い。


いま幸せだから、怖い。


また何もかも奪われてしまうのが怖い。


「きゃ、フェリス様……」


ふわっとフェリス様に抱き上げられる。


うう。高い。


高いけど、フェリス様の視点の高さ、ちょっといいなあ、


このくらいの高さから、世界を見てたら、いまよりは怖くないだろうか?


「僕の姫が不安なら、僕達の結婚式にもサリアの王族は御遠慮頂こうか? もともと魔法で移動することにあちらは気乗りしてないって話だったから、こちらから迎えを出さねばいいだけの話だ。姪の結婚式にも来たくないとは変わっているなとは思っていたけれど……むしろレティシアの邪魔なら要らぬ」


「い、いえ、フェリス様、そんな……それでは、ディアナとサリアが仲が悪いみたいで嫌です……仲良くなって欲しいなって思って嫁いできたんです」


「レティシアは、ディアナからサリアへの恩恵の為に、僕の生贄に?」


「ち、違いますし、フェリス様からの恩恵なら、サリアより、もう私のほうが貰ってます」


「僕の恩恵?」


そんなものある? と言いたげに、フェリス様が首を傾げている。


シュヴァリエの街にもあちこちにいらした竜王陛下と同じお貌で。


「フェリス様は、私を奇妙がらず、常におもしろがってくださいます。私はここにいると、生きていてもいいのだ、私がここにいても誰かの邪魔ではないのだ、と、安心して呼吸ができます……きゃっ、かみなり……!」


不意に、雷鳴が暗い空を割る。レティシアはフェリスの腕の中で怯える。


「今夜、雨が降ったら、お祭の屋台やお花が……」


「大丈夫。この時期のシュヴァリエに雨など僕が降らせないから」


フェリス様が保証してくれた。よかった。


雷は怖いけど、フェリス様がそういうなら、きっと安心……。


ん……?


私ったら、馬鹿ね。

まるで天気までフェリス様が司ってるみたいに。


推しをあてにしすぎ?

でもフェリス様がそう言うと本当っぽくて……。


「僕の大切なお姫様。未来永劫、サリアから僕とレティシアに干渉なぞさせないから安心して。何も怖がらないで。もう誰にもレティシアを傷つけさせたりしないから」


「はい。フェリス様。ちょっとだけいやなことを思い出しただけなのです。 大丈夫です。フェリス様といたら怖くないです。心配かけてごめんなさい。……いっしょに、御本、早く読みましょう?」


ただ、幸せ過ぎて、怖いだけなのだ。

大丈夫。


フェリス様は他の人とは何もかも違う。とても強い。

何処にもいなくなったりしない……。


「レティシア、何が読みたいの?」


「竜王陛下の……」


「………」


レティシアがそう言った途端に、フェリスが微妙な顔をしたので、レティシアは声を立てて楽しそうに笑い、フェリスを安心させた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る