第268話 シュヴァリエの晩餐

「そら豆と春野菜のミモザサラダでございます」


「可愛い!」


じゃがいも、にんじん、たまねぎ、魚、と何層か野菜が重ねられ、ケーキ状に丸く仕上げられたサラダを、茹でた黄色い卵の実がミモザの花のように彩っている。それをフェリスの分とレティシアの分、給仕が目の前で切り分けてくれる。


長い冬の終わりに、春の訪れを祝う正式なミモザサラダ。日本のお料理のイメージでいうと、ちらし寿司みたいな……。


「昔、サリアで、ミモザサラダなのに、どうしてミモザないの? て私が言ったら、本物のミモザも添えてだしてくれました」


まだ父様も母様もお元気で、レティシアが、何にでも、これはどうして? どうしてなの? と日々興味津々に何でも尋ねて暮らしてた子供時代の話。


「では当家でもレティシア様の為に、次からは本物のミモザの花をお添えしましょう」


にこっと給仕の男性が微笑んだ。


「そうだね。レティシアが故郷を偲べるように、生花のミモザも添えるといいね」


フェリス様が優雅に頷いている。

いけない。フェリス様もおうちの人も本気だ。


そもそもフェリス宮は、食にたいして興味のない浮世離れした御主人フェリス様の気をひこうと、美しいお料理がメインである。当主が食べ盛りの騎士とは思えぬような上品な食卓である。


それはこちらのシュヴァリエでも変わらぬようだ。


「あ、いえ。もう大人なので、本物のミモザはなくても大丈夫なのですが……ありがとう」


給仕の方の御心使いに、御礼を言う。


「レティシア、大人なの?」


フェリスが微笑ってレティシアを見ている。


「大人です。レティシアはフェリス様の妃ですから。ちゃんと大人の貴婦人として扱って下さいね、フェリス様」


「……でも、レティシア、いちご水はノンアルコールがいいよね?」


「そもそも、アルコールを混ぜるのが不純です。いちごは、純粋にいちごとして頂くべきです」


「……そっか。じゃ、僕も純粋ないちごを頂こう。……僕と僕の可愛いらしい妃に、純粋ないちごの飲み物を」


「は、はい。フェリス様。朝摘みのいちごでお作りしたものを御持ちいたします」


レティシアの返事に、フェリスが笑い出す。いつになく、食卓で楽しそうに笑うフェリスに、シュヴァリエの邸の給仕達は密かに驚いている。


どう譲っても大人の年齢ではないが、レティシアは婚約者の館で暮らしていて、もうすぐこの美しい人と結婚する。


人生は不思議だ。


「レティシア様は、生のお魚はいかがですか? サリアでは、あまり生の魚は食さないと伺いましたので、もしお嫌でしたら、火の通ったものを……」


「お刺身ー!! 食べるー!!」


は。いけない。給仕が、こちら如何でしょう? と見せてくれた次の皿が、カルパッチョというより、どうにも日本のお刺身を思い出させて、うっかり叫びかけてしまった。


「……ん? オ、サシミ?」


音を聞き取って、綺麗な御貌で不思議がってるフェリス様が可愛い。


いつもながらに、我が婚約者殿は耳が聡くていらっしゃる。他の方なら、聞きなれない音の、異界の単語は拾えないのに。


「あ、いえ。何でもありません。……生のお魚、頂きます。サリアでは食べる風習はありませんが、食べてみたかったのです」


にこっと微笑って誤魔化す。


嬉しいー!  お刺身好きなのー!

でも、サリアは、海がないせいか、生魚を食べてなかったの! 


さすがディアナ!  

王都に海があるだけはある! なんていいとこなの!

これからずっと、お刺身食べられるなんて、ディアナにお嫁に来てよかった!


「レティシア、口にあわなかったら、無理しなくていいからね」


「はい! 無理してないです! わくわくしてます!」


「わく、わく……? うん、レティシアが嫌でないなら、いいんだけど」


お刺身はいいけど、推しとかわくわくとか、フェリス様のなかで、私の変な語彙ばかり増えそうで心配。でも、久しぶりのお刺身、嬉しい! どんな魚だろう!?

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