第174話 王太子宮にて

「王太子殿下! フェリス様の為にお義母様に御口添え、ありがとうございました!」


 叔父上の瞳の碧を溶かしたようなサファイヤブルーのドレスを着て(………)、

妖精みたいにルーファスの耳元に囁いて、仔猫のように叔父上に呼ばれて走っていった。


ルーファスの口添えは、何の役にも立っておらず、父上はそれ以前に叔父上の謹慎を解除していたのだが、レティシア的には、フェリス様の為にルーファス様は頑張って下さった! というので、大変な好意の対象だったのか、咲き匂う花のような笑顔を頂いた。


「あいつ、なんで、あんな、叔父上、大好きなんだ……逢ったばっかりの癖に」


「まあ、ルーファス様、横恋慕」


「その若さで、三角関係は頂けませんわ、殿下」


「それは仕方ないと思うんですの。ディアナの娘で王弟殿下に恋をしない者がいるだろうか? と謳われるフェリス様ですもの。フェリス様御自身は、全くご興味抱かれない方ですけど。ルーファス様だって、フェリス様大好きじゃないですか」


三人いる王太子付きの若い侍女たちが、きゃっきゃっ言っている。


「それはそうなんだけどさ……」


そりゃあそうだ。フェリス叔父上は、創始のレーヴェ竜王陛下の現身のように、気高く、賢く、美しい。あの美しい叔父上が、なんでそんなちびを嫁に貰ってやらなきゃいけないんだ、とルーファスだって、当初思ってた。


でも、ちび、逢ってみたら、意外と、可愛い……。


「それにしても、逢う度、お可愛らしくなる気がしますね、レティシア姫」


「やはり、フェリス様のご寵愛が深いので、尊い竜気を受けていらっしゃるのでは」


「ホントですねぇ、最初、王宮にいらしたばかりの頃にお見かけしましたけど、それは暗い御顔をされてて、あんな可愛いお姫様には見えなかったような……あ、申し訳ありません」


 ルーファスがそうなのか? と見上げると、不敬な事を言ってしまった、と侍女が謝っている。


「叔父上に好かれると可愛くなるのか?」


 何だそれ、とルーファスが問い返す。


「伝説ですけど、強い竜気を持つ王家の方に愛された御方は、いろいろとご寵愛の恩恵を被るみたいですよ」


「それに、竜王家の王子様からでなくても、優しい婚約者から大切にされて、幸福な方は美しくなるものですわ」


「アリシア妃が、レーヴェ様に愛されてお美しくなったようにですかねぇ……」


「アリシア妃より、ちびのほうが……何でもない」


だいぶ元がいい気がする、と言いかけて、ルーファスは口を抑える。

それこそご先祖に不敬だ。アリシア妃愛の竜王陛下の雷でも落ちてきたら怖い。

じゃあ、あの娘があんなに可愛いのは、叔父上のおかげなのか、と思うと、何とも変な顔になる。


「ルーファス様にだって、そのうち可愛いらしい婚約者がお出来になりますよ」


「いらない、そんなもの」


つまらなそうに、ルーファスは応えた。べつに婚約者が欲しいわけではない。

なんとなく、あの、ちびが気になるだけだ。


「レティシア妃の同い年のお友達として、御相談役にはなれるのではありませんか? レティシア妃は、こちらにはお知り合いも少なくて心細いでしょうし」


「友達にはなってやってもいい」


「ルーファス様。それはルーファス様だけで決められることではありません。レティシア妃にもお友達のお好みというものがあります」


「そうですよねぇ。やはり、女友達が欲しいでしょうしねぇ……」


「なんでだ。男友達でもいいだろう」


「でも、ルーファス様は王太子様でお立場もありますし、ルーファス様相手では、気軽に恋話もできませんわ。フェリス様とのことを相談しようにも、お役立ちできないじゃないですか」


「……恋話……」


 無論、相談に乗れるような経験はない(あたりまえだ)。それにそんな相談されてもイラッとしそうだ。


「おまえたちは僕の侍女なのに、何故、僕の味方をしないんだ」


「あら、私共はいつでもルーファス様の味方です。でも、恋話の聞き手にルーファス様はお勧めできないというか……」


「そもそもルーファス様に実らない恋はお勧めできません」


「レティシア妃は諦めて、同い年くらいの御令嬢の遊び友達を探されてはいかかですか? 金髪に琥珀の瞳の可愛い方もいらっしゃると思います、ディアナにも」


「勝手に僕を叔父上の婚約者に片恋させて、勝手に失恋させるな! 僕は、あのちびのことなんて何とも思ってないぞ! ディアナに慣れてないだろうから、ちょっと気にしてやってるだけだ!」


「さようでございますか。それならば、よかったです。主が辛い片恋をしてなくて」


「いくら私共の自慢のルーファス様でも、相手がフェリス様では全く勝ち目がございませんからね」


「ルーファス様のお優しさに、レティシア姫も感激してらっしゃいましたね。本当にお可愛らしかったです。フェリス様をとても大切に思ってらっしゃるんでしょうね」


そうだ。べつにあいつの為に、叔父上の謹慎取り下げ願いにおばあさまのところに行ったわけではないが、レティシアも喜んだのはよかった。


それだけの話だ。


レティシアが近くに来た時に、薔薇の匂いがしたような気がするとか、あれは何処の香水なんだろうとか、そんなことは思ってない。


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