第134話 竜王の一族の妃たち

「メイナード、おかしな噂が出回っておると?」


 王太后マグダレーナは、羽扇の影から問う。


「は。それが……」


 下問されたメイナード伯爵は、王太后の不機嫌そうな顔に言い淀む。ただでさえよい知らせでもないのに、こんなに不機嫌な王太后に言わねばならぬのは、もはや拷問に近い。


 マグダレーナは、王弟とその妃を呼んでの御茶会以来、ずっと機嫌が悪いのだ。

彼女はフェリスの孤独をさらに深めるつもりで、想定外の敵を、彼女の花園に呼び込んでしまったことを自覚して歯噛みしていた。


 何もかも気に入らない。


 あの金髪の小さい娘はいったい何だ。

 あんなちびが、この私に歯向かうとはどういうことだ。馬鹿馬鹿しい。

 だいたい、あんなちびの分際で、いっぱしの妃か何かのつもりなのか?


 私を睨んだあの生意気な琥珀の瞳は何だ。

 あんなちびのくせに、フェリスを愛しているとでもいうのか?

 レティシアが美しかったことすら、忌々しかった。


 サリアの前王の王女レティシアは、痩せっぽちで、世迷言ばかり言っている、

ちょっとおかしな少女だと言った、あの嘘つきなサリアの使者の首を、今すぐ刎ねたい。


 実際のレティシアと来たら、蜂蜜色の金髪、琥珀の瞳、ずっとフェリスの手に甘えるように縋って、背伸びしてフェリスと囁きを交わす、幸せに輝くような娘ではないか!


 そんな娘を、フェリスに与えるつもりではなかった!


 もっと醜い、泣いてばかりの、もっと愚かな娘ならよかったのに!

 あの娘は、恐らく、子供らしからぬあの賢しさでフェリスの心を捉えたのだ。


 なるほど、考えが甘かった。フェリス同様、どちらもちょっとおかしな変人なら、それは話も気もあうというものだ。 


(私は、いやです! 側妃など選びません!フェリス様の心はフェリス様のものです!)


 世間知らずの生意気な小娘め。

 ディアナの竜王家の王子の心が、己自身のものでなどあるものか。

 誰の思惑からも、完全に自由であることなど、叶うものか。


 前王ステファンが死んで以来、この国にマグダレーナを諫める権限のある者は誰もいない。


彼女は予期せず早く夫を亡くして寡婦になり、現国王マリウスの母となった。現国王マリウスは、母を愛し誰より母に弱いため、いつのまにか、彼女はディアナの影の最高権力者となった。


 マグダレーナが黒と言えば、白いものも黒なのだ。

 そうやって彼女は十年も、女として最高の地位とやらに座して久しいが、少しも幸福ではなかった。


その昔、ステファンの妃になる前の少女の頃より、ステファンが彼女ではない女を愛した頃よりも、ずっとマグダレーナは不幸だった。


 十余年を経て、なさぬ仲の息子フェリスは、竜王陛下そっくりの美貌の青年へと成長し、日夜、彼女を苦しめ続けた。


 あのフェリスの冷たい軽蔑しきったような碧い眼を見るがいい。マグダレーナのすべてを侮辱してるとしか思えない。義母上、と呼ぶときのあの声を。


 フェリスの母が死んだのは本当に病死で、マグダレーナが毒殺した訳ではないが、言わぬ口の下で皆がマグダレーナを疑っていた。誰もがマグダレーナの嫉妬を知っていたからだ。


 宮廷中が彼女を疑ったなかで、母を失った息子のフェリスが疑わずにいられるだろうか? マグダレーナがフェリスの立場でも、真実がどうあれ、きっと母の仇と彼女を憎むだろう。


 その頃から、もう疲れ果てている。何もしなくても、どうせ悪く思われるなら、いっそこの手で悪事を犯したほうがマシではないか、 と。


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