第128話 竜王家の男子について

「フェリス殿下はせっかくの側女選びの茶会で、ずっとサリアの姫の機嫌をとっていたとは真実か!? ソフィア、花も恥じらう年頃のそなたらが、五歳の娘に劣るというのか!?」


「お父様……、そもそもフェリス様は、わたくしに限らず、いままでどんな令嬢にも目もくれたことはありません。幼いお妃様を迎えるからと言って、側女が欲しくなるような方ではないと思います」


でもみんな少しほっとしてる。


サリアの姫はとても可愛らしいけれど、あれではまだ十年は、フェリス様の本当の妃にはなれまい。


そうしたら、あの方は、いままでと変わらず、誰のものでもないのだ。

どんな女も、あの方を所有できない。


自分のものにはできなくても、麗しの王弟殿下に、誰のものにもなって欲しくない。

ディアナにそう願う令嬢、御婦人は数知れず、だ。


「フェリス殿下は血の猛る十七歳ぞ!? 何故に女の色香に迷わぬのだ!? そんな男がこの世にいるか!?」


「王弟殿下は、竜の血を強くおひきになった方。この世の殿方とは、理が違うのかも知れません」


「何を言う! 竜王陛下とて、アリシア妃を愛された! おまえたちに魅力がたらぬだけのことよ!」


「それでは、私にも剣術修行の機会でも下さいませ。アリシア妃は、ドレスで着飾った姿ではなく、泥にまみれて剣を振るうさまを、レーヴェ様に愛されました。フェリス様も舞踏会のドレスは御好みでないかも知れません」


「竜王陛下とフェリス殿下が同じ好みとは限らぬだろう!」


「でも、軍人にでもなれば、殿下にお声をかけて貰えるやもしれません。少なくとも、私ごときでは、普通にしていては、存在すら気づいて頂けません」


それはべつに、フェリスが彼女に意地悪をしているわけではない。

美貌の王弟殿下は、どんな令嬢にも等しく興味がないのだ。


だから、みんな耐えられる。

だれかが特別なわけではないから。


王太后様の御不興を買いたくないからみんな黙っているけれど、本当は王宮のたいがいの娘は王弟殿下が好きだ。ディアナに生まれて、あんなに竜王陛下そっくりの夢の王子様を、嫌いになれるはずがない。


「馬鹿なことを言ってないで、美しいドレスでも仕立てて、少しはフェリス様の目を引け! 我が家に、竜王家の血を招け!」


「畏まりました、お父様」


お父様なんて大嫌いだけど、何処かのつまらない貴公子との婚約を命じられるよりは、フェリス様の眼にとまる望みはまずなくても、フェリス様の為にドレスを選んでるほうが楽しいわね、と彼女は思っていた。


ああでも、なんて羨ましい、レティシア姫。

王弟殿下と、ずっと手を繋いでおいでだった。


あんなに優しく微笑まれる王弟殿下を初めて目にした。


ふたりとも蜂蜜を溶かしたような金髪だから、手を繋いで歩く御二人は、兄と妹のようにも見えた。


幼くて、まだきっと、見るものすべてがもの珍しいばかり。

何の迷いもなく、王太后様の側女の薦めを蛇蝎のように嫌って、拒絶していた。


あんな勇気は、ディアナ貴族の令嬢にはとてもないから、フェリス様が、あの子を寵愛されるのは無理もない。


「わたくしも、フェリス様に愛される五歳の異国の姫君になりたい」


まだ恋にも程遠かろう仲の良い兄妹のような二人は、だからこそ、他の誰の侵入も許さないほどに神聖で親密に見えた。




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