第62話 ストロベリーティは甘い、朝食の二人


「レティシア様。今朝のお茶は、ストロベリーティでございます」

「ありがとう。いい匂い!」


給仕の者が、ティーポットからお茶を注いでくれると、薄く切った苺が浮き上がり、甘い香りがあたりに広がる。


「厨房の者達が喜んでるそうだよ、レティシア」

「はい? 何をですか?」


フェリスの金髪が、大きな窓からの朝の光を受けてキラキラ輝いている。


「レティシアが嬉しそうに食事してくれることを。僕は食べさせ甲斐のない主人だからね」


そうかなあ。そんなことないと思うなあ。


「フェリス様も美味しそうにお食事、お召し上がりになります」

「………」


何故か、周囲に控えていたレイやサキが笑うのを堪えているようだ。

何故?


「レティシア様。フェリス様は、すぐ、ああもう今日の食事はいい、と仰る方なのですが、昨日今日はレティシア様とお食事をしようと、食堂に通ってらっしゃるんです」

「私の為に?」


きょとん、とレティシアは瞳を瞠って、フェリスを見つめる。


「レイ。そんな話は……」


余計なことを、と言いたげに、フェリスが眉を寄せる。

綺麗な人って、こんな表情すら綺麗なんだなあ、と妙なことにレティシアは感心する。


「フェリス様、私の為に無理…されて、ますか?」


フェリス様とお食事、レティシアは楽しいんだけど、無理をさせてるんだったら、ダメかも……。ああでも、フェリス様とお食事できなくなると、またご馳走だらけの一人ご飯の食卓に……。それはちょっとしょんぼり……。


「無理はしてない。僕が、レティシアと食事をしたいから、そうしているだけだ」

「………!」


ん? 

なんだかまるで愛の告白みたい?

(いやそんな筈ないけど)


「レティシアも、フェリス様とお食事できること、嬉しいです」


フェリス様はちょっと現実感がないくらい、お美しいので。

朝夕の食卓に、大天使様でも座ってるみたいで、ちょっと後光がささんばかりなんだけど。

でも、他愛ない話をして一緒にお食事できるの、嬉しい。和む。


この家の方々みんな優しくしてくれるけど、いろいろ変わった方なのだけれど、フェリス様といるときが、不思議と一番癒される気がする。


何なら、昨日みたいに、大笑いされてもいい。

フェリス様もレティシアといて楽しかったら嬉しいから。


「よかった。僕は、あまりおもしろい話もできない男だが……」

「いえ。フェリス様は、おもしろいです。 次に何をなさるかわからないようなところが」

「ねぇ、レティシア、褒めてる? いや、やんわり貶されてる?」


「褒めてます! あ、フェリス様、私、お願いが」

「何? 何でも叶えるよ」

「私の部屋にも、竜王陛下の絵を飾って頂きたいのです」

「レーヴェの絵!?」

「はい。私、竜王陛下のタペストリーがとても好きなので…、私のお部屋にもあるといいなって……」


柔らかいパンと硬いパンと、どちらを食べようかなー、と悩みつつ、お願いする。

シュヴァリエ家の薔薇のジャムも美味しいけど、いちごのジャムも捨てがたい。

今朝は、苺のお茶だから、ジャムも苺にするべき?


「どうしてあの人は動いても喋ってもいないのに、顔だけでたやすく人の心を持ってくんだ…? どんな悪い魔法を使ってるんだ? なんて手の早い、たちの悪い竜なんだ…?」


フェリス様が呪うようにぼそぼそ何か言ってる。

???

ダメなのかな? 竜王陛下の絵?

私、まだ信心浅いから、ダメ?


「フェリス様、ダメですか?」


「まあ、レティシア様、ディアナの娘になろうという、美しい御心がけですわ。フェリス様、よろしければ、このサキが、竜王陛下のよき肖像画をお探しいたします」


フェリスの返事が遅いので、サキが褒めてくれた。


「レティシア。レーヴェの肖像画なんて自室にまで飾らなくても、そこいらじゅうにあふれてるよ」


なんでフェリス様、ちょっと嫌そうなの???


「ディアナの方は、みんな、お部屋に飾ってらっしゃるとお聞きしたので、私も早くディアナの民になりたいなと思って……」


フェリス様ともそっくりだし、と心で思ってる。

うーん。

フェリス様が反対ならやめるけど、いいと思ったのになー。


「フェリス様、お嫌ですか?」


「……そんなことはないよ。レティシアの気に入りそうなレーヴェの絵を用意させるよ。竜の本性の姿がいいんじゃないかな、勇ましくて」


「竜の御姿もとても素敵です!  でも人の御姿も、フェリス様そっくりで、お美しくて素敵です!」


力を込めて褒めたのに、何故かフェリス様が微妙にがっくり来ている。

うう? 何でなのー!


(まあ、人間の若い男の心は複雑なんだわ。とくにうちのフェリスは拗らし捲ってるから。どうか、末永く、相手してやって)


誰かの楽しそうないい声が、ほの甘い薔薇と苺の香とともにした気がした。


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