第53話 竜王陛下の愛しの姫君
「レーヴェ、僕に影響を与えつつ、挙動不審になるのはやめて下さい」
夕食後、レティシアを部屋に送り、レイやサキに細々とした指示を出して、
自室で一人になったフェリスが、自室の竜王陛下の肖像画に向けて苦情を言う。
帰ってきて、レティシアと食事をしたあたりから、何か妙に落ち着かないと思っていたのだが、(確かにフェリスもレティシアと話していて気持ちを動かされていたのだが)、フェリス単体の気持ちの揺れだけではない気がしてきた。
「だってな……」
珍しく、レーヴェが姿を伴って、顕現した。
何もない空間から、フェリスそっくりの黒髪の美貌の青年が現れる。
「あんなこと言われたら、とてもじゃないが、落ち着いてられん。びっくりして、思わず、本体で顕現しそうになった」
「それは遠慮して下さい。花嫁が来た途端に、怪現象で僕の宮が壊れて、レティシアが不吉扱いされてはいけない」
「失礼な子孫だな。そこは怪現象でなく、瑞祥と喜べ。オレは霊験あらたかな瑞獣だっつーの。災いでなく、幸運を呼ぶ獣だ」
空中に浮かびながら、創始の竜王陛下は文句を言っている。
貌が似てても、この生まれついての己と世界への肯定感が、フェリスにはない。
「ずっと聞いてたのですか、僕達の話?」
「うん。というか、おまえの花嫁に呼ばれたしな」
「レティシアに?」
「うん。フェリスまだ帰ってないときに、レティシアに呼ばれて、お願いされた。
竜王陛下、大きくしてください、て。可愛すぎて、つい返事しそうになったけど、フェリスに悪戯するなって言われたから、大人しくしてたんだが……」
「……いい傾向です。あなた、神様なんですから、ふらふらしないで、ちゃんと神殿に収まってて下さい」
「嫌だよ。あんな落ち着かないとこ」
ディアナには、もちろん壮麗な建築のレーヴェの神殿がある。
なんでこんな無駄に立派にしたんだ、緊急時の民の避難用なのか? それならいいんだが? とレーヴェは不思議がっていたが。
「おっきくなりたいのかあ、若者たちは可愛いよなあ、とほのぼのしてたら、ちびちゃん、オレの奥さんとおんなじこと言い出すんだもん。千年ぶりに、心臓撃ち抜かれるかと思った」
「??? アリシア妃が? 何て?」
「うん。アリシアが言ったんだ。私より先に死なないでくれって。もう誰かに死なれるのは嫌なんだって。レーヴェと結婚する私は幸せ者だって。レーヴェの方がぜったい長生きだから、私を看取ってね、て」
「でも、それは……」
そうすると、レーヴェは、アリシア妃を失った後、ずっと一人になるんじゃないだろうか?
フェリスとレティシアの誤差は、せいぜい十年、二十年のレベルだが、竜神と人間の誤差はそんなものではないだろう。
「アリシアは、お姫様の癖に、やせっぽちのそばかすだらけの娘で、そんなに痩せてるくせに、戦場ですぐ自分の食べ物、人にやっちまうようなお人好しだった。放っといたら、この馬鹿娘、絶対に早死にするな、と思って、オレが干渉したんだけど」
フェリスがレーヴェと話すようになって長いのだが、アリシア妃の話は初めて聞いた。
「そばかすは…ないですね、絵画のアリシア妃には」
「そりゃあなあ。アリシアも見たこともないような後世の画家が描いてるしな。だんだん美人になってきてるな。事実を歪めないで! て怒りそうだ。人間の美醜の基準で言うと、あんまり美人の部類には入らなかったんじゃないかな? オレにはあの娘が一番可愛い、一番綺麗な娘だったけど」
そう語る竜王陛下の声は、ひどく愛し気だ。
千年も前に死んでしまった后を、間違いなく、レーヴェはいまも愛してるのだ。
なんと気の遠くなるような永い恋をしてるのだろう。
「サリアの寿命が、ディアナより短いってレティシアが言ってたけど、その昔はディアナの民ももっと短命だったよ。疫病も多かったし、薬もなくて、病にかかるとすぐに死んでしまった。みんながもっと、幸せに、長生きできる国を作るんだ、てオレのお姫様が泣いてた」
「………、レティシアが、アリシア妃の生まれ変わりとか……」
そんなことないよな、とおそるおそるフェリスが尋ねる。
「いや、それはない。あの子は異……いや、とにかく、ないない」
レーヴェが、にこにこと、首を振って否定してくれた。
よかった。何がよかったのかわからないけど、レティシアがアリシア妃の生まれ変わりじゃなくて、とにかくよかった。
いまは大人になって、たいがいの人間の男には怯まないフェリスだが、先祖だからどうこうではなく、レーヴェには何をやっても勝てる気がしない。
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