第50話 剣と魔法について
「レティシア、支度はできた?」
「はい、フェリス様」
お夕食のドレスは、こちらの薄紫のオーガンジーのドレスに致しましょう、とサキが選んでくれて、レティシアはそれを着た。
着替え終わるころに、フェリスが部屋まで迎えに来てくれた。フェリスもまたゆったりした薄紫の衣装に着替えていたので、サキはそれにあわせたドレスを選んでくれたらしい。
「あ、竜王陛下」
竜王陛下のタペストリーの前を通りかかると、思わず、御祈りしてしまう。
竜王陛下、おっきくしてっ。
十五歳くらいがいいけど、せめて、ちょっとでもこの身長伸ばしてくださいっ。
(何処の神様にも、つい、御祈りしちゃう日本人の癖が抜けない…)
「レティシアも、レーヴェが好き?」
なんだか苦笑気味に、フェリスが問う。竜王陛下そっくりの生身で。
「……? はい。ディアナの皆さんのお話聞いてたら、なんだかまるで、竜王陛下って、隣にいらっしゃるみたいだな…て」
ディアナ人はまるでいまもレーヴェがそこにいるように話す。宗教色が強い国は他にもあるのだが、ディアナの竜神信仰は一種独特だと言われている。
「隣に居そうな竜王陛下に、何をお願いしてたの?」
「………。おっきくなりたいなって。フェリス様と並んでおかしく見えないくらいに…。私、小さすぎて、すみません…」
「……? 他の子を知らないけど、レティシアの年代としては、べつに小さくないのでは?」
「でも、私のせいで、フェリス様が笑われたりしたら、申し訳ないなって…」
「………?」
んんん? とフェリスは、屈んで、レティシアを覗き込む。
「ん? 僕の花嫁を笑うような勇敢な馬鹿がいたら、顎を砕いてあげるよ」
「フェ、フェリス様」
剣より花が似合いそうな優雅な容姿から、思わぬことを言われて、レティシアは吃驚する。
「大丈夫。僕より強い者なんて、たぶん噂好きな宮廷人にはいない」
「え? そうなんですか?」
「うん。僕は、弱っちい、いじめられっこだったから、途中で、腹が立ってきて、鍛えたんだ。要するに、誰よりも強ければ、悩む必要ないんだな、と思って。剣でも大概の者には負けないけど、魔法の方が得意だな」
「魔法」
それはまあ、なんて綺麗な魔法使いだろう。
「そうだ。レティシアの魔法の授業も必要だね」
「ディアナでは、普通に、魔法の授業があるのですか?」
「うん。サリアにはないの?」
「ありません。サリアでは、王族や普通の民は魔法を使えません。魔法を職業とする方のみです」
「なるほど。それで、レティシアは、いろいろ定まってないかんじなのかな? 魔法の授業も、受けてみるといいよ。おもしろいから。レティシアはとても素質あると思うし」
「わあ…!」
それは! ちょっと! 楽しみかも!
魔法の授業!!
「うん。よかった。レティシアが笑った」
「……え」
レティシアの髪に、フェリスの手が触れる。
「レティシアは笑っているほうが可愛い」
「フェリス様…」
「それに僕こそすまない。レティシアをエスコートするのに、ちょうどいい背丈でなくて」
「いえ、それは、フェリス様の責任では…!」
ぶんぶん、レティシアは首を振る。
「同じことだ。レティシアが小さいことも、レティシアは何も悪くない。そんなことを詫びないでくれ。ああ、それに、レーヴェにお祈りしても、レーヴェは大雑把な男だから、背丈なんて繊細な悩みはわからないと思うよ」
「そ、そうなんですか?」
「うん。だって、レーヴェ、本体、竜だし。人の形や、美醜への拘りも、そんなにわからないんじゃないかな?」
「そっか…」
本体、竜だし。
と言われると、何となく納得。
何が納得なのかは我ながら謎だけど、偉大な竜王陛下を、お友達みたいに語るフェリス様が何だか可愛くて、思わず、笑顔になってしまう。そして、うちの推し様、意外に武闘派? でもあるらしい。
「レティシアは、そのままでじゅうぶん可愛らしいから、そんなに急いで大きくならなくて、大丈夫」
それはべつにフェリスが小さい子を好きなわけではなくて、レティシアの気持ちを気遣ってくれてるんだなあ、とわかる。
(人を勝手に大雑把な神様にして、可愛い子口説いてやがる、うちの子孫)
とでも言いたげに、タペストリーの中の竜王陛下が微笑んでいた。
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