第48話 竜王陛下の血を継ぐ人々

「竜王陛下、いったい私が何か悪いことを致しましたか?」


マリウスのもとから下がり、自分の宮に戻って、女官たちを退がらせたマグダレーナは、私室の竜王陛下の絵に向かって問いかけた。


ディアナ王家は、竜王陛下の直系の家なので、もちろんレーヴェがたくさん飾られているのだが、私室にレーヴェの姿絵が飾られているのは、ディアナ王国では貴人の家でも庶民の家でも変わらない。


有名な画家の手によるものか、そこいらの露店の絵かの違いである。


「私とて、少女の頃から、敬虔なディアナの民として、朝夕、陛下に祈りを捧げてまいりました。なのに、どうして……」


フェリスは早くに母を亡くし、彼女が母親代わりの役を担うことになった。嬉しくはなかったが、最初は、何とか、息子たちに、平等に接しようとしていた。


だが、どうしても……。

フェリスを愛せなかった。


彼女の息子が貶められ、凡庸なマリウス、美しく聡明なフェリスと言われるのが、我慢ならなかった。皮肉なことに、先ほどのように、当のマリウス自身は、やたらとフェリス贔屓なのだが。


「マリウスこそ、真の、陛下の直系でございますのに。何故、あの者が、陛下の姿を鏡のように映しているのですか」


フェリスの母親は、ディアナの貴族ですらない。美しい舞姫だった。

前王ステファン王は、レーヴェの神事に舞を捧げた舞姫に恋に落ちたのだ。


竜王陛下の血を引いている公爵家の出のマクダレーナのほうが、確かに遺伝上はレーヴェの血に近い。


「竜王陛下、フェリスをお守りにならないで下さい。陛下そっくりのあの姿だけで、もう充分、フェリスに祝福は与えすぎです」


不満を抑えきれぬ王太后を、やや困ったように、竜王陛下の絵は見下ろしている。


マグダレーナは王の愛を失った時から、息子のマリウスを守ることに全てをかけている。


失ったというか、もともとステファン王とマグダレーナ王妃のあいだには燃えるような恋があった訳でもない。燃えるような恋はなかったが、ステファンとは、子供の頃からの幼馴染で、一番気心が知れていると思っていた。


長い年月で、竜王陛下の血は薄まっていて、ステファンとて、少しも、竜王陛下に似た面差しではなかった。むしろ、マリウスは、ステファンによく似ている。


ただ、他国の王家と比べると、ディアナ王家の男は、何もかもアリシア妃のために、のレーヴェの直系だけあって、一途な男が多いので、王妃一人を愛して愛妾や傍妻を持つ王が少ない。


そのぶん、マグダレーナの悲しみも深かったのだ。


「それにしても、五歳の幼女をフェリスが気に入るなどと……、」


およそ、子供の面倒などみそうな男ではないのに。


子供どころか、どんな美女にも美男にも、フェリスが興味を示したところを、王宮の誰も見たことがない。


あの貌だから、王宮の下らぬ恋多き貴族どもが、いざ王弟殿下に恋の手解きやせん、と、少年の頃からフェリスに妖しい秋波をおくっていたが、フェリスは誰のことも珍しい虫でも眺めるように等しく相手にしなかった。


氷の美貌の王弟殿下は、その連れなさからついた渾名だが、あの血の冷たい美貌の変人を恐れず、あれと話があう子供とは、いったい、どんな変わった娘なのだ。


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