第23話 本好きの姫と黄金の鍵
「レイ、レティシアは安心して夜を過ごせそうだったか?」
姫のところから戻った随身にフェリスは問いかけた。
「はい。殿下。少し女官と話して戻って参りましたが、レティシア様は、殿下の贈られたくまのぬいぐるみを大事そうに抱いて、今夜は、もうおやすみだそうです」
「ああ、疲れたんだろう」
フェリスの美しい唇に、微笑がにじむ。
疲れて、当然だ。
あんなにちいさいのに、こんなところまで、一人で来たのだ。
王たちは何万もの軍勢を伴って戦に挑むが、うら若い姫君たちは、たった一人で敵国に挑む。しかも自分の意志とは無関係に。
現状のディアナとサリアは敵同士とまで言わないが、それでも、レティシアがここで孤立無援なのはかわらない。
「くまのぬいぐるみも役立ってよかったな」
物凄い年齢差の花嫁を迎えるにあたり、だいぶ途方に暮れたフェリスは、
とりあえず少女の喜びそうなものを準備させていた。
今日、実際に会話して、レティシアが本が好きだと言うので、そのくまのぬいぐるみに図書宮の鍵を持たせた。
たぶん、あれは喜ぶのでは?と思いつつ。
魔法の扉への鍵のような、図書宮の黄金の鍵を。
「何とも不思議な姫が来たねぇ」
「お話しされてる様子が、とても五歳の姫には見えませんね」
「確かにね」
フェリスもレイも、さほど、その年齢の少女と接する機会はないが、
それにしても、ちょっと会話が成り立ちすぎでは? と疑問に思う。
「いささか、あやしむほどです」
「まあ、怪しい王族なのは僕もだから、凄くお似合いでは」
「フェリス様」
「早熟な天才少女にしては、押しは弱そうだったな、僕の奥さんは」
レティシアの存在は、ひどくアンバランスだ。
五歳の少女の器の中に、何か違うものが封じ込められている。
べつに悪い力だとは思わないけど、この世界の理を少し歪めている。
あの子が意図してやってるとは、到底、思えないけど……。
誰かが意図したものなのか。それとも何かの手違いなのか。
「……」
訳もなく、身体の中から、楽しい気分が湧き上がってくる。
これは、フェリスの感情なのか、それとも…。
「フェリス様?」
「いや、レティシア、可愛いから、おじい様が喜びそうだなと」
微笑交じりの溜息一つ。
不安定なフェリスのところへ、不安定なレティシアがやってきた。
吉と出るのか、凶と出るのか。
それはわからない。
ただ、レティシアに約束したように、彼女はフェリスに属するものとなるから、フェリスは全力でレティシアを守る。
おそらく傍目には理不尽なほどに。愛情がやや錯綜している血筋ゆえ。
「確かに。お好きそうです」
あああ、また面倒が起きないといいですが…と、レイがやや困り顔で頷いていた。
可愛いの基準が、我が一族は、世のふつうの人間とはずれてるような気もするのだが。
あんな小さな、剣もまだ重くて持てぬであろう少女に、
「きっとフェリス様をお守りします」
と誓われては、滅多なことでは動かぬフェリスの心も動かずにはいられない。
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