第9話 あれ……?

「ねえ……、静波くん。折り入ってお話が……」


 うわあああっ……しまった! これじゃあたしが彼の告白を受けて『じゃあ、付き合おっか?』って言うみたいな流れじゃない?


 もっと普通に……! ただトイレ行きたいだけなんだからっ……。


「なんだろう……?」


 あたしの方を見た静波くんは、気のせいかもしれないけど期待してるみたいに見える。


 いやいや、違うから……。


 彼氏彼女で仲良く下校、なんてシチュエーションに憧れはある。でもあたしには、きっとまだ早いんだよ。そんな気がする。修斗のこともあるし。


「……ごめん、静波くんが思ってるようなこととはちがくて……」


「なに?」と彼は残念そうな表情を見せることもなく返してきた。


 そこには、あたしが何を言っても受け入れてくれそうな優しさが感じられた。


「その……、ト、トイレ……行きたく、なっちゃって」


 両手の指を絡ませて動かし、もじもじしながら言うあたし。べつに自分を可愛く見せようだとか、そういう狙いはない。ただ……我慢してると自然と身体がそうなっちゃうだけで……。


「そ、そっか……」


 静波くんはあたしの方を決して見ないようにしながら、手のひらより少し大きめの袋を渡してくれた。


「つ……使い方は、パッケージに書いてあるから……」


 携帯トイレまで持ってたんだ……。すごいというか、なんというか……。


「あり……がと」


 きっと消えそうな声であたしは答えたんだと思う。


 お互いに目をそらし、目いっぱい腕を伸ばしてパッケージを受け渡しする。小さいころ、お父さんが料金所でこんな風にお金を渡してたっけ。


 受け取ると、超高速で教室の一番後ろに行った。さらに掃除道具入れロッカーの中に入ろうと、中に入っているホウキなんかを全部外に出した。


 空になったロッカーの中に入って、扉を閉めようとする。


 でも完全には閉じられないし、真っ暗で何も見えなくなった。


 うわーん、静波くんがめちゃくちゃ気になるよ~。


 でも、もう限界っ……。はやくはやくっ……。




 中身の入った携帯トイレのパックを後ろ手に隠して、半分閉じていたロッカーの扉を開き、立ち上がる。


 静波くんのほうを見ると、耳をふさいで、床にうずくまっていた。


 すごく気を遣ってくれているのがすぐ分かった。


「あ、あの……! 終わったから……ありがと!」


 はっきり聞こえるように大きめに言う。


 彼は大きめのポリ袋を用意してくれていて、それを指さした。なにからなにまで気遣い上手だな。


 いいお嫁さんに……、違うか。


 ようやく落ち着いたあたしは冗談を思い浮かべられるくらいになった。


 風はまだ強いみたいで、窓枠がカタカタいっている。


 あたしたちを置いたままでバスは出発してしまったのかな。外からノックして呼びに来てくれてもよさそうだけど、結局誰も来なかった。


 もし来ていたとしても、このヘンな閉じ込め現象のせいで聞こえなかったのかもしれないけど。


 ふう……。おなかが満たされて、それからすっきりして、ようやく余裕ができた。じっくりとここから脱出する方法を考えればいい。


 そうだよね、静波くん?


 ん……? 寝てる……?


 彼の方を見ると椅子に座ったまま、首をカクカク動かしていた。


「もう……風邪ひくよ」


 自分のブレザーを静波くんの肩にかけてあげる。


 自然とあたしの口元がゆるんでいた。


 短い時間だったけど、一気に目の前の男の子との距離が縮まった。


 中学の時も、高校に入ってからも、あたしは意識して同性とばかり話すようにしていた。だから今のこの状況が信じられない。


 男の子と話さないようにしていた理由は、修斗のことを思い出すのが辛かったからなのかもしれない。


「そっか、地震かあ……」


 あたしは口が開いたままの静波くんの大きなバッグに目をやった。


 静波くんも地震で怖い思いをしたんだね。それで修学旅行のときにもこうして十分以上の準備をしてきている。


 電柱が倒れてくるなんて……そりゃあトラウマにもなるよね……。


 えっ!? ちょっと待って……。『塀にボールを当てて遊んでて、女の子に助けられた』ってさっき言ってたよね?


 ヘンだな。それって……、なんか似すぎてない?


 あたし、あの地震のとき、ボールで遊んでた修斗が倒れてくる電柱に挟まれそうになったのを助けた……よ。


 偶然の一致、ってやつなのかな。よく分かんないけど。














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