第2話「最強のその上」

 同時刻、王都外れの路地にある喫茶店。

 カランカランというベルの音と共に、扉が開く。

 中からは珈琲の少し酸味を漂わせる香りと、パンケーキの対照的な甘い香りが漂ってくる。


「いらっしゃい、ってサラか」

「よっ。ピーター」


 カウンターから出てきたのは喫茶店の店主ピーター・モール。彼はかつてサラとパーティーを組んでいた1人であり、特殊体質『精霊使い』である。

 精霊使いとは、一般的に体内のマナを消費して魔法を使う魔術師とは違い、普通の人には視えない精霊と契約し、術者に代わって精霊が魔法を使うというもの。

 その魔法の威力や効果は、契約した精霊や術者本人の加護の大きさによって変わると言われている。


「んで、なんだ? お前がわざわざ店まで来たってことは、なんかあんだろ?」

 ピーターはカウンターに座ったサラの前に珈琲を置き、話し出すのを待つ。


「シュウのこと、覚えてるよな」

「そりゃ勿論。お前が常闇の森から連れて帰ってきたガキんちょだろ」


 シュウは5年前、サラの家近くにある森に捨てられていたのを見つけたサラが連れて帰ったのだが、目を覚ました時、記憶を失っていた。その為、サラは少年にシュウと名付け現在まで保護してきたのである。


「ああ、あれからもう5年。いや、まだ5年か」

「なんだよ。もったいぶらずに言えって」


『……恐らくだが、シュウが聖英級に到達した』


 深呼吸をしてサラが放った言葉に、ピーターはカウンターに乗り出すようにして詰め寄る。

「は? お前が常闇の森で保護したあのシュウだよな?」


「それ以外に誰がいるんだよ」


「あいつは保護した時、9歳かそこらだった筈だ。あれから5年、14歳のガキんちょがお前と同じ聖英級だ? 冗談もほどほどにしとけ」


「冗談でこんなこと言わない。私より遥かに魔法理解度も高いし、一つ一つの魔法の威力も私と比べ物にならないんだ……。間違いなく、あれは聖英級……若しくは、それ以上だ」


「ありえないだろ……14歳だぞ? それに魔法を始めて5年で、お前より上って……」


 フェイル王国最強と謳われるサラでさえ、聖英級に到達したのは17歳。史上最速の聖英級到達だった。

 しかし、シュウはそれよりも早い14歳。普通に考えればありえない事である。



「仮にシュウが聖英級だとして、これからどうするんだ? 聖英級は王国内にお前を入れて4人、シュウが加わるとなれば5人だ。最近は国家間の情勢も良いとは言えない。間違いなく王国はシュウを戦力と見做すだろうな。それに親らしき奴の捜索願も出てない。正直、5年経って見つからない以上、あいつを親の元に帰すってのは絶望的だ」


「ああ、そうだな。だから……シュウは、マリアの学園に入学させようと思ってる」


 2人の親友、マリア・フェイルはこの国、フェイル王国の第三皇女。

 皇女といえど、その性格や振る舞いに貴族らしい気品や、風格は無い。むしろ、平民よりも平民らしいと言える。

 休日は街にいる子供達と虫取りや、鬼ごっこをして遊び、平日は仕事を休んで街の酒場で飲んだくれたり。

 そんな彼女だが、魔法の才だけは本物である。6歳にして全属性の魔法を習得、12歳で魔法の短縮&即時詠唱を可能にし、15歳で『魔法の無詠唱発動について』という論文を書き上げた。

 無詠唱については現在も研究中ではあるものの、サラについで18歳で聖英級に達した天才である。

 そんな彼女は最近、王国直属の魔法学園『王立フェイル魔法学園』の学園長に就任し、本格的に研究を再開している。


「はぁ……それはまた笑えない冗談だな。お前、自分が学園入った時のこと忘れたのか? 魔法は貴族の特権。そう信じて疑わない奴らがうじゃうじゃいるんだぞ? シュウはお前の親戚って事になってるが、学園じゃお前の手は届かない。どうなるか、わかるよな?」


 超魔法特権国家のフェイル王国では、貴族社会が浸透している。貴族とそうでない者には圧倒的な貧富の差が生まれ、その格差は当然のように学園にも存在する。

 平民であるサラも、学園入学当時は周囲から酷いイジメを受けていたが、貴族であるピーターとマリアの働きによってイジメは徐々に無くなり、今では多くの人に尊敬されている。


「ああ。ピーターとマリアには今でも感謝し足りないくらいだよ。でも、私はこれが1番だと思う」


「正気か? もし仮にシュウがイジメに耐えきれずに魔力崩壊オーバードロップしたらどうする。二度と魔法は使えないし、最悪死ぬぞ。シュウだけじゃない、周りの人間もだ」


 苦い思い出がサラの脳内でフラッシュバックする。恐らく、ピーターも同じ事を考えているだろう。


 それはそれ程遠くない、昔の……記憶。



 ◇



 --10年前--


 大きな爆発音と衝撃が走り、サラの目の前にある的は粉々。

 その場にいたピーターも、開きすぎて眼球が落ちるんじゃないかというくらいに目を見開いている。


 ここは、王都直轄の魔法練習場。騎士団や魔法師団の訓練所としては勿論、サラのような魔法を学ぶ学生も自由に使用することができる。


「ねぇ師匠見た!? 炎と水の魔法を組み合わせた魔法。名付けて『合成魔法』! どうかな?」


 そうはしゃぐようにして師匠こと、サラに問いかける少女。

 彼女の名前はメイ・アストレア。一代にして魔法や、魔道具において大きな技術的発展をもたらし、辺境伯の地位を獲得したヒリス・アストレアの一人娘である。


「メイ、どうやって魔法を合成した……? それにその威力……」


「? どうやってって、先に元となる魔法を詠唱して、そこに合わせるようにもう一つの魔法を詠唱しただけだよ?」


「しただけって……。あはは、メイは凄いな。私もすぐ追い抜かれそうだ」


「ほんと!? えへへ。頑張ってよかったぁ」


 喜ぶメイを横目に、サラはピーターの方を見た。ピーターもまた、目の前の事象とメイの説明にやや苦笑しつつ、サラの方を向きお互いにアイコンタクトをとる。




 その夜。マリアを呼び、3人でメイについて話し合った。


「なるほどね。そんなことが……。これをやったのがサラなら、またやばいこと出来るようになったのかって笑い話に出来るんだけどね」


「ああ。メイの階級、確か上級だったよな」


「そう。だけどそれはほぼ嘘と言っていい。聖級以上の試験は受けさせてないから。これまでは行っても聖級くらいだと思ってたけど、今回のではっきり分かった」


「ああ、そうだな」


 サラ、マリア、ピーターの3人は同じ意見でまとまった。


「「「メイは5人目の聖英級だ」」」

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