師匠の間違いだらけの教えで世界最強
かみさき
第1話「間違いだらけの師匠と龍の子」
「おい。もう朝だぞ。いつまで寝てるこの馬鹿弟子!」
頭に響くような大きな声とともにうつ伏せで寝ている少年の頭部に鉄拳が直撃した。
「痛ってえな。なにすんだババア!」
「シュウ寝ぐせ酷いぞ? 頭が戦闘民族みたいだ」
堂々と仁王立ちして弟子を見上げているのはサラ・ミイス。この国フェイル王国の聖王級魔術師である。使える魔法の階級によって決まるこの称号は下から初級、中級、上級、聖級、聖王級、龍級の6つが存在する。
「サラこそもう少し身長伸ばしたらどうだ? 小さすぎてどこにいるかわかんないぞ?」
「フッ」と薄ら笑いを浮かべ師匠を見下ろしているこの少年はシュウ。幼い頃に森に捨てられていたのをサラが保護し育ててきた。保護した際、記憶が欠損していたため、自分の名前どころか親がいるのかさえも覚えていなかった。サラはシュウの美しい朱色の瞳からシュウと名付け、息子同然のように可愛がっていた。
(今ではただのクソガキだな)
心の中で愚痴を溢しつつ、サラは自室へと戻っていく。
「さてと、うるさいやつも消えたしやりますかっ」
シュウがサラの家に保護されて二年が経った頃、サラは自筆の魔術書を贈った。師匠のくれた本だからと熱心に読んだものの当時まだ幼かったシュウには理解が難しかったため、まず魔力を使うところから始めた。十年たった今では、書かれている魔法のほとんどを習得し使いこなせるまでに至っている。
(ただ上級魔法のファイアーボールだけはいまいち理解できないんだよな)
サラが贈った魔術書の記述はその殆どが間違っていた。しかし、サラの言う通り魔法を勉強してきたシュウにはそれを知る術はない。注意点としてファイアーボールは基礎中の基礎、初級魔法である。
「ま、今日は中級魔法で我慢するか」
庭に出てきたシュウは早速、手慣らしのように魔法を使い始めた。
(大気中のマナを掌に集めて詠唱)
「インフェルノ」
シュウの詠唱と同時に業火が木々を焼き尽くし、一瞬にして辺り一面が灰となった。因みに「インフェルノ」は数少ない炎の聖王級魔法であり詠唱も未だに簡略化されていない。
◇
時を同じくしてサラはかつてのパーティーメンバーの店に足を運んでいた。
「ピーターいつもの頼む」
「はいよ。てかいい加減転移してくるのやめてくれる? びっくりするから」
「いい加減慣れてくれる?」
「逆ギレかよ」
ピーターは悪態を吐くも、神妙な面持ちをしたサラの前にビールを置いて話し出すのを待つ。
「あいつがもうすぐ私の魔術書を修了する」
「は?」
ピーターにとってその言葉は天地がひっくり返るほどの衝撃的な事実だった。なにせ聖王級魔法はただでさえ習得できない者が多く、まして魔法を始めて十年の少年にしかもあんなでたらめな記述の魔術書で、その殆どを習得できるなどあり得ないことだから。
「おい、それって……」
「ああ、あいつは恐らく龍級魔術師の器だ」
龍級魔術師、古来よりフェイル王国に伝わる神話にこう言い伝えられている。
「龍の子が纏いし災厄は世界を滅ぼし、世界を救うだろう」と。
「あり得ない……。あれはただの神話だろ⁉」
ピーターの言う通り神話にさえ言い伝えられていたものの、実際ここ千年の文献に龍級魔術師が実在したという記録はない。そのため現在のフェイル王国で一般に知られているのは聖王級魔法までである。
「私もそう思った、そうであってほしかった。だが……」
サラの言い分は妥当だった。シュウの使う魔法は全てにおいて威力が並みの魔術師の三倍はくだらない。それに加えて圧倒的な魔法適正。シュウには原初四属性である火、水、風、土そして光、闇の特殊属性、混合属性全ての魔法に適性がある。
「あれは人間の領域ではない。神話が現実だったと考えるべきだ」
「噓だろ……」
ピーターは眉間にしわを寄せ、サラが一番懸念していたことを聞いた。
「おい、もしシュウが暴れたらこの国の魔術師全部集めても止められないんじゃないか?」
「っ……そうだな。これ以上成長すれば、私一人殺すのに十秒もいらないだろう。」
実際、シュウが魔法を学び始めてから毎年手合わせと称し実力比べをしているが一度も勝つことはできず、十戦十引き分け。こんなので本当に師匠なのかと自分を蔑んだ日もあった。
「で、これからどうするよ」
ピーターが当然の疑問をぶつけた。災厄と謳われる「龍の子」をこのまま育てるのか、はたまた騎士団に引き渡し内密に処分するのか。
「マリアの学院に預ける」
「正気か⁉ フェイル王立魔法学院、あそこは王国一の魔法の学び舎だぞ。それに貴族制が厳しいのはわかってるだろ。いくらマリアの保護下でもシュウが嫌がらせのストレスで爆発でもしたら、それこそ王国どころかこの大陸ごと吹き飛ぶぞ!」
「だからこそだ。力の正しい使い方を学ばせなければ近いうちに王国のいや、世界の脅威になる」
「けど……」
「お前の言いたいことも分かる。だが私の教えだけでは自分の力を自覚も、制御もできない。あいつのようにな……」
深刻な顔をするサラを見てピーターは昔を思い出し、痛みを伴った辛い顔をした。
「っ……。そうだな」
「わかってくれて嬉しいよ。とりあえず今日はもう帰る」
「あいよ。ってちょっと待てお代!」
「付けで頼む」
「にひっ」と少女のような笑顔を浮かべた彼女に見惚れているうちに転移魔法で逃げられてしまった。お代を逃れるためのいつものからかいだとわかってはいたが、ピーターはただその場に立ち尽くし声を漏らした。
「あいつがあんな風に笑ったの久しぶりだな。可愛いかよ……。」
◇
サラが家に戻るとリビングのソファに
「全く、こんな可愛い顔してこれ程の実力とは一生見上げる存在だな」
そう溢したサラの顔には嬉しくも悲しいような複雑な表情が浮かべられていたが、そんな表情もシュウが起きたことによりいつもの「うるさい師匠」モードに戻ってしまう。
「おい寝込みを襲う気か? 変態め。いくらいつも手加減してようが俺だって傷くらいはつけれるぞ?」
(いや手加減はしてないんだけどな)
「はぁ? 誰がそんな卑怯な真似するかよ。お前ごとき風邪を引いてても倒せるわ。しかも変態ってなんのことだよ!」
「はいはい。そりゃそうでしょうね」
(師匠はこんな本を俺に渡したんだ。俺よりも数倍、いや下手したら数十倍も強いだろう)
勘違いである。非情なことにサラはどう頑張ってもシュウには勝てないし、なんならシュウが信じた魔術書も全てサラが一二歳の時に遊びで書いた間違いだらけのものなのだから。
「あ、それとシュウ。来月フェイル魔法学院の入学テスト受けてこい」
「わかった来月な。待てよ、来月⁉」
突然の言葉にシュウの脳はほぼショート。たまにあるシュウによるこの人間らしい現象は、一度起こるとそれ以降も一日治らない。
「こいつもたまに可愛いとこ見せるよな」
サラはそう呟いてシュウをベッドまで運んだ。
次の日、シュウが一日寝込んだという恥ずかしい情報はサラとシュウだけの秘密である。
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