第三章 マリー=ルイーズ皇太女殿下の告白

 あれは、10年前のあなたと遊んだ夏のことです。サフィール宮殿に外国の特使が前触れもなく来てしまい、その対応のためにお父様だけでなくお母様も私も予定を切り上げて帝都に戻ることになってしまったのです。

 当時の私はまだまだ子供であなたの屋敷に残って遊びたいと駄々をこねてお父様と言い争いになってしまったのです。ですが、私の反対むなしく無理矢理連れて帰られそうになったのです。それでも、私は諦めきれずにお父様たちの目を盗んで屋敷を抜け出しました。その際に、お父様をちょっと困らせようとして聖剣ブランシュネージュを持ち出してしまいました。

 屋敷の近くで隠れてもすぐに見つかってしまいますので、どこに隠れようかと考えた私は屋敷から少し離れた山に行くことにしました。夏の間、ロランと何度も遊んだところの一つですので勝手知ったる庭のような気分でした。

 ただ、数日前から、恐ろしい魔獣が夜に現れると聞いていましたので、夕方までには帰ろうと思っていました。

 山に到着した私は自生していた果物を食べたり、小川で泳ぐ魚を釣って遊んだりして昼過ぎまで過ごしていました。釣った魚を炙ろうと思ったのですが、火を起こすのはいつもロランが魔法で火を出してくださったのですが、ロランがいませんので自分で何とかするしかありません。以前、本で火の起こし方を読んでいたので実践してみることにしたのですが、一から火を起こすのは大変でした。

 それでも、時間はかなり掛かりましたがなんとか火を起こすことができました。ただ、残念なことに私が着ていた白いサマードレスがすすだらけになってしまって、灰色のドレスになってしまいました。

 夕方近くになって私はそろそろ帰ろうと思ったのですが、帰り道で足を踏み外して崖から落ちてしまいました。どこにいるかは何となく分かっていたので何時間掛かっても構わないので帰ろうと思ったのですが、私は落ちた衝撃で足をねんざして大きく腫れてしまって動けなくなってしまいました。

 助けを呼ぼうにも、近くに人がいる気配はありませんでした。それは当然ですよね、隠れ場所を求めて山に入ったのですから。

 私は、そのままじっとしていましたが足が治る気配がないので動くのは諦めました。いつもでしたら少々のお転婆をしてけがをしてもロランが魔法で治してくれるのですが、今日は一人で飛び出してしまったのでその手が使えません。朝になって足が動けるようになったら山を下りようと思っていました。

 夜になるにつれ、夜行性の動物の気配、鳴き声がするようになってきました。もしかしたら、魔獣に襲われてしまうかもしれないとだんだん怖くなりました。ここで泣いてしまったら、魔獣に見つかるかもしれない。じっとしていた方がいいと思い、我慢していました。

 それからどのくらいたったのか分かりませんが、魔獣の恐怖におびえながらうずくまっていたときに、空からあなたが来てくれたのです。

 月明かりに照らされて、空から舞い降りてきたあなたは妖精か何かに見えましたよ。実際のところ、あなたは飛行魔法を使っていたので妖精の羽根みたいなものはありませんでしたけれども。

 これでもう安心と思ってしまって、ロランの姿を見てすぐに私は顔から出るものすべて出したような泣き方をしてしまいました。淑女失格でしたね。でも、そんな私をあなたは嫌がらずに頭をなでてくれました。

 私が大声で泣いてしまったせいか、その声を聞きつけた魔獣が現れてしまいました。私は聖剣を持っていましたので、倒せないまでも退かせることはできると思ったのですが、足のダメージがひどくて全く動けませんでした。

「ルー、それを貸して」

 あなたは私に向かって手を伸ばしましたが私は必死に拒みました。

 聖剣は適合者以外の者が触ると氷漬けにしてしまいます。

 ここであなたが聖剣に触って氷漬けになってしまったら私は大事な友達を失ってしまいますから、触らせるわけにはいきませんでした。

 目の前に魔獣が迫って、どうしようもなくなったあなたは、強引に私から聖剣を奪い取りましたよね。

 聖剣はあなたを氷漬けにすることはなく、聖剣に埋められた宝石が輝きを放ちました。魔獣も見たことのない光に驚いて、動きを止めていました。

 聖剣の輝きが消えたころ、聖剣があなたに何か語りかけていたようですが、私にはよく聞き取れませんでした。

「うるさい!俺の大事な人を守るのに力を貸せ」

 とあなたが叫んでいました。

 すると、聖剣全体が光を帯びるようになりましたが、あなたは魔獣にいつ攻撃を加えるかそのタイミングを図るのに集中していて、聖剣の変化に気が付くことはありませんでした。しばらく、あなたと魔獣のにらみ合いが続き緊迫した空気が流れました。

 剣を振るうのは私の方が慣れていたようですので、私が「今よ」と合図をしたら、あなたはひるむことなく魔獣に向かって剣を突きたてましたね。

 普通の剣ならば一撃与えたところで魔獣を倒せないのですが、聖剣の効果で魔獣は形もなく消滅してしまいました。

 魔獣が無事消滅したので、私達は帰ることになったのですが私は足を動かせる状態ではありませんでした。

 飛行魔法で移動することはできないか、それかせめて魔法で私の足を治せないかと聞くと、

「ごめん。飛行魔法はまだ自分にしか掛けられないんだ。それにさっきの剣を振り回したら、魔力がほとんどになくなっちゃったから足も治せそうにない」

 恥ずかしそうにしていたあなたの姿がとても可愛らしかったのです。これからどうやって帰ろうかと考えていましたら、あなたが聖剣を背に装着して私を横抱きにして移動し始めました。まさか、同じ年の男の子にお姫さま抱っこをされるとは思いませんでした。

 あの当時、私の方が、少し背が高いくらいでしたのでロランにそんな力があったなんて驚きました。今では、ロランの方が私より20センチくらい高いくらいですね。本当に大きくなりましたね、ロラン。

 少しは話が反れてしまいましたね。あなたに運ばれている間、胸が苦しくなったり心臓の音が大きくなったりしました。私は足だけではなく、心臓もおかしくなってしまったと思いました。

 あなたは聖剣と私を抱えて途中よろめきながらも、下山して屋敷まで戻りましたね。屋敷に着くと私とあなたはそれぞれの両親にこっぴどく叱られてしまいました。私が一番悪いのに、あなたの方が激しく叱られていたのは今でも納得できません。子供が勝手に夜に出歩いたという点では問題があったと思いますが、ロランは私を魔獣から守って無事連れ戻してくれたのですから、褒められるべきです。

 ひとしきり怒られた後、その日はロランの館でもう一晩泊まることになりました。

 私は寝室で今日あったことを思い返していました。あなたが私のことを『俺の大事な人』と言っていたのを思い出して、もしかしてロランは私のことを好きなのかしら、ううん、私は皇女だから失うわけにいかないという程度の意味しかないのかもと頭の中で何度も自問自答を繰り返してしまいました。

 私は、頭の中で悶々としてしまって眠れないので寝室のバルコニーに出ることにしました。夜風に当たりながら、気持ちを落ち着かせていたのですが私の寝室の真下があなたの寝室だということに気が付きました。

 そこで、私はバルコニーから飛び降りて移動しました。足は大丈夫か、ですって。足は寝る前に魔法で治してもらっていましたので、このくらい平気でした。当時の私はとんでもないお転婆さんでしたね。

 あなたの寝室のバルコニーに降り立った私は、窓を開けてもらおうと窓を軽く叩きました。でも、あなたは熟睡していたようで起きてくれませんでした。どうしたものかと窓に寄りかかったら、窓にカギがかかっていないのが分かったのです。

 勝手に入るのも悪いと思いましたが、あなたの顔を一目見たくなってしまったのです。音を立てないようにそっとあなたのベッドに近づいてしばらく、あなたが寝ている姿を観察していました。ごめんなさい、これでは私、変な人ですよね。自分で話していて恥ずかしくなってきました。

 あなたは疲れていたのか一向に起きる様子もなかったので、ちょっといたずら心が芽生えてしまいました。私はずっと前から気になっていた、あなたの素顔を見てみたくなったのです。一緒に遊んでいるときもぼさぼさの前髪で常に顔が半分隠れているのですから。私があなたの前髪をかき上げようとすると本気で逃げ出しますし。どんな仕掛けになっているのかよく分からないですがどんなに風が強くても前髪が乱れないのであなたの素顔を見たことがなかったのです。

 そっとランプをつけて、恐る恐る、あなたの前髪を上げてみたら、私の想像以上に綺麗な顔が見えたのです。まるで物語に出てくる王子様みたい、いいえ、物語に出てくる王子様もかすむくらいでした。

 あの、ロラン。どうしたのですか。耳まで赤くなっていますよ。もしかして、怒っているのですか。……恥ずかしい?そんなにベタ誉めされて、ルーにそんな風に思われていたなんて、ですか?

 待ってください、ロラン。私、これからもっと恥ずかしいことを話しますよ。覚悟してください。

 私は、あなたの顔をもっとよく見たいと思って自分の顔を近づけてしまったのです。それから何を思ったのか自分でもよく分からないのですが、あなたのほほに自分の唇をつけてしまいました。でも、それだけでは飽き足らずあなたの唇にも口づけてしまったのです。

 我に返った私は何てことをしてしまったのかと思いました。ロランの同意もなく勝手にこんなことをしてしまって、なんて悪い子なのだろうと。あまりの恥ずかしさにロランの方を見ることはできなくなっていました。

 馬車の中で話しましたよね、あなたとは初めてのキスではないと。あなたが寝ている間にキスしたのですから、あなたが覚えていないのは当然です。

 ロラン、ごめんなさい。今も昔もあなたの同意なく勝手に口づけをしていたことを今更ながら気が付きました。私、最低な女ですね。

 それから私はあなたの寝室の扉を静かに開けて誰にも気が付かれないように自分の寝室へ戻りました。大人達も私のせいで疲れていたようで深く寝静まっていました。起きているはずの見張りですら眠気に負けそうになって意識がもうろうとしていたくらいでした。

 ロラン、私のことを幻滅しましたか。そうですよね。今も昔もあなたには悪いことをしたと思っています。でしたら、この話はここまでに。

 …幻滅なんかしていない、ですか。まだ話を続けてもよろしいのですか。

 ええと、つまりですね。私が十年前のことを長々と話して、何を言いたいかと言いますと私は十年前のあの日から………あなたに恋をしてしまったのです。

 私達家族があなたの屋敷を出た後、あなたから何度か手紙をもらったときは本当に嬉しかったです。その手紙は今でも大事に取ってありますよ。

 しかし、私は大国の皇女です。幼き日の恋心はそっと胸にしまっておかなければなりませんでした。あなたの屋敷を出てから二年後、私はエクレール王国の第二王子と婚約が決まりました。あなたも知ってのとおり、私とあなたはこれをきっかけにお互いに手紙を交わすことは禁止されました。

 私は、エクレール王国の第二王子と顔合わせをしましたが正直言って心惹かれる相手ではありませんでした。グランフルール帝国は広大な領土を有しながら、魔法が未発達な遅れた国という意識が彼にあり、魔法の使えない私を大人達が見ていないところで蔑むところがありました。

 こんな人と私は結婚しなければならないのかと気が滅入りそうでした。ですが、私は皇帝の位を継ぐ者として私の気持ちは封印して、良き婚約者の振りをしました。

 そんな時です。

 あなたの従妹のイネスと出会ったのは。

 今から5年前、私が主催したお茶会でイネスがあなたの従妹と知り、ロランは元気にしていますかと世間話をしました。彼女は明るくて、とても頭の回転の速い女性でした。私達は話が良く合い、楽しいひと時を過ごすことができました。

 その後も、イネスとは会う機会がありました。会うたびにロランの近況を聞く私の様子を見てイネスには私の気持ちがすぐに分かってしまったのでしょうね、彼女の方から手紙のやり取りを持ち掛けられました。

 もうあれから何年も経っていますし、手紙を書いたところで、私のことなんて忘れているかもしれないと不安だったのですがあなたからすぐに返事がきました。てっきりイネスが代筆しているのだと思ったのですが、イネスに聞くとロランがイネスの筆跡を真似て書いたもので、イネスは文面を読んでいないとのことでした。正真正銘のあなたからの手紙に私は嬉しくて仕方ありませんでした。

 ただ、私は婚約者がいる身ですのであなたと手紙のやり取りをしていることが発覚してしまっては大問題に発展してしまいます。大げさかもしれませんが、わが国とエクレール王国の関係に亀裂を生じさせる可能性もありました。

 ですから、あなたへの手紙はあくまでも、友人としてイネスに手紙を送っているという形を守らなければいけませんでした。文面も女友達に送っていることを意識したものでないといけません。

 幸いなことにあなたも、イネスになりきって手紙を書いてくださっていたので私達のやり取りはほぼ誰にも気が付かれることはありませんでした。お父様ですら手紙の存在に気が付かなかったくらいです。ただ、私の専属女官であるセリーヌは何となく気が付いていたようですが黙っていてくれました。

 私が皇太女としての重圧につぶされそうになったとき、あなたからの手紙を読み返して何度も勇気づけられました。

 あなたが、他に関心事ができたり好きな人ができたりして私との手紙をうっとうしく思う日がくるかもしれないと考えていましたが、幸いなことに今日までずっと手紙を続けてくださって本当にありがとうございました。

 あなたは、私のことを大切な友人くらいには思っていたから手紙を続けてくださったのですよね。

 いくらあなたと楽しく手紙のやり取りをしていても、いつか私はエクレールの王子と結婚する、それは変えられない未来だと思っていました。ですが、エクレール王国の情勢が悪化して、1年くらい前からこの婚約は我が国にとって利益はないとお父様も大臣たちも考えるようになりました。

 この機を逃してはいけない。私はそう確信しました。今を逃したら、ロランとの一緒になれる可能性がなくなってしまいます。

 私は、エクレール王国の第二王子の婚約を破棄するための準備をしました。エクレール側の悪い情報をあえて集め、有力貴族に情報をばらまきました。第二王子の立場が危ういこと、仮に第二王子を保護して外交のカードに使うにしても、彼自身の人格にも問題があり帝国にとって膿となる存在であることを父や大臣たちに主張し、婚約破棄に踏み切らせました。

 当然のことながら、私の婚約者を誰にすべきかという問題が浮上してきます。私の即位の時期も決まっていましたので、なるべく早急に決める必要がありました。早速、皇帝であるお父様、私と大臣たちで会議が開かれました。

 有力な王族、貴族の次男以下の者で有能な人物はすでに他家の令嬢と婚約していることがほとんどでしたので、これといった候補が上がりませんでした。それはそうですよね、だいたいは子供のころに相手を決めていることが多いですから。皇帝の特権で既に交わされた婚約を破棄させることもできますが、禍根を残すおそれがありますので余程のことがない限り、それを避けるべきだとお父様が主張しました。私もそれに反対するものではありませんので、従いました。

 周囲が静かになったのを見計らって、私は迷うことなくロランを婚約者にすべきと発言しました。

 大臣たちの中にロランのことを知っている者はほとんどおりませんでしたので、彼らは首をかしげるばかりでした。

 私が、ロランは男爵位を持つ、グランフルール分家の三男ですと言いましたら、今度は「それは絶対になりません」と非難の嵐になりました。

 当然、私はそうなることは想定済みでしたので、ロランがどんな人物か、後継問題が差し迫っている当家にとって優良な男性であることを主張しました。

 あなたが聖剣の適合者であることは、このときはあえて話しませんでした。もしあなたが聖剣を盗み出して騒ぎを起こせば止められるものが限られますから。聖剣の適合者だと言ってしまえば、あなたが危険人物に認定されて監視対象とされてしまいます。

 監視対象に既になっていないとおかしい、ですか。そうですね。私がお父様に10年前のあの日にロランが聖剣を使って魔獣を倒したことを話しましたが、お父様は、ロランは特別な剣だと意識しないで使ったのでこのまま黙っておこうと言いましたのであなたは監視対象にされなかったのです。

 ロランが婚約者にふさわしいと私が話しても、最初のうちは誰も真面目に話を聞く者はいませんでした。ロランの人となりを知らずに先祖アンリと同様に女性を落とすのが上手いなんて心無いことを言う者もいました。

 お父様に至ってはいつまでも初恋を引きずるなと私を会議の場で一喝したくらいです。

 それから、会議を何度繰り返しても私の主張は変わりませんでした。私を説得するに足りる有力な候補も見つからず会議は暗礁に乗り上げていました。

 そのうち、次期女帝の婿になれるのであれば、自分の子の婚約を破棄しても構わないという大臣も増えてきました。

 それでも、私の意思は固く主張を曲げないので、婚約の噂を聞きつけた帝国四大将軍が私を諦めさせよう圧力を掛けてきましたので私は彼らと勝負することにしました。

 普通の勝負では誰も私の決意が揺らがないことを認めてもらえるはずがないと考えました。ですので、私は1対4で試合をすることにしました。お互いに容赦ない試合でしたが、私の思いの強さが彼らに勝ったのでしょう。試合はあっけないくらいに私の圧勝でした。ロラン、どうして呆けた顔をしているのですか。

 てっきり4連戦だと思っていたのですか。それでは、私に体力があればそこまで大したハンデではなくなってしまうでしょう。だからこそ、圧倒的に不利な状況に自分を追い込んだのです。

 これをきっかけに私の思いが一時的なものではないことを認めた父はロランとの婚約を真面目に検討し始めました。

 まず、お父様は大臣たちに私の婚約について外に漏らさないように戒厳令を敷きました。また、お父様から私へはロランに婚約のことを知らせてはいけないとも言われました。ロランの側から漏れてしまっては、戒厳令が無駄になってしまいますし、もし婚約が実現不可能となった場合、ロランにその気があってもなくても傷つけてしまうかもしれませんでしたから。だから、あなたへの手紙でも一切その話を書かなかったのですよ。

 月日を経て、ロランが帝都大学に首席で合格し、少なくとも学業優秀な人間であることは証明できました。それから、お父様は、ロランが将来、政に使える人物かどうか図るために帝都大学に対して入学前に実地課題を行うように持ちかけました。ロランの力量を調べるためとは言えませんでしたので、大学には有能な人物を早めに登用したいという目的で協力を求めました。大学も皇帝府が全面的に協力してくれるのならばということで、実地課題を入学前に実施してくれました。

 お父様が話した通り、実地課題であなたは想定以上の成果を上げ、あなたとの婚約に反対していた大臣たちも次第に賛成に回るようになりました。

 ダメ押しの一手で、ロランは聖剣使いであり、戦力として欠かせない人物であること、次世代に聖剣使いが生まれる可能性が高いことを私は告げました。私が10年前に彼が聖剣を使って助けてくれたこと、お父様もこの目で聖剣が反応したことを確認したことを述べると大臣たちはぎょっとしました。

 お父様がすごみを効かせて悪人のような笑みを浮かべながら、そんな危険な人物は手元に置いた方が都合いいだろうと言うと、大臣たちも納得せざるを得なくなりました。

 こうして大臣、将軍の承認を得て、昨日、あなたのお父様であるグランフルール男爵にロランとの婚約について正式に打診しました。

 本当に私って、好きな相手と結ばれるためにもっともらしい理由を並べたててお父様を利用し、あなたの生まれや能力を利用しつくす卑怯な人間です。

 そもそも、ロランと結ばれたいと思うなら皇太女の地位を降りて皇族の立場も捨ててあなたのところに飛び込めば身分の問題も関係ないのに、それもしたくないなんて。好きな人も皇太女の地位も捨てたくない、なんて愚かでわがままな人間なのでしょう。

 それに次期女帝の婚姻は、最大の外交手段です。なのに、自分の気持ちを優先して今まさに外交カードを捨てようとしているなんて、正気の沙汰とは思えないでしょう。それでも、私はあなたと結ばれたかった。

 だからこそ、あなたと再会してから私との婚約について決定事項のように敢えて振舞っていました。婚約さえしてしまえば、時間を掛けてあなたに愛してもらえるように努力すればいいだけのことですから。私はつくづくズルい女ですね。

 ロラン、私はあなたに何度謝っても謝りきれません。

 でも、お父様の言ったとおり、この婚約を受けるかどうかあなたの意思で決めて構いません。もし、あなたが断ったとしても、あなたとあなたの家に迷惑を掛けることは一切しないと誓います。

 でも、これだけは言わせてください。あなたは私をなんとも思っていないかもしれませんが、私はあなたのことを愛しています。

 ロ、ロラン、どうしたのです。そんなに強く抱きしめたら苦しいです。少し緩めてください。

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