USELESS HERO

蒼色みくる

第1話

「おい!あの女、どこ行った!追え!」


危険を知らせる警報音と共に、町中に響く怒号。

平穏な日常を引き裂く爆音に驚き怯える者もいれば、何事かと野次馬精神で顔を出す者もいる。

何があったの?指名手配犯が見つかったんですって。まあ、それは怖いわね、などと井戸端会議をする婦人達の陰で、私はそっと息をひそめていた。

特徴的な長い髪をローブにしまい込み、俯いて静かに、影を消すように。


皆が追いかけ探し回る指名手配犯というのは、何を隠そう私の事だ。

自分の顔が街の掲示板にでかでかと張り出されている中で、間抜けにもフードを脱いでしまい、今に至る。


「な、なんでこんなことに……」


その答え合わせをする為に、まずは数時間前に起こった出来事から話していこう。


***



「……ねーちゃん…………おきろー……!」


誰かが私を呼んでいる

はっきりしない意識の端っこでカーテンを開ける音が聞こえて、少しだけ目を開く。

視界に飛び込んできたのは眩しい日光と、それに照らされて青々と輝くモニター。

そういえば昨日、ベットに入った記憶がない。おそらくゲームをしながら寝落ちしてしまったのだろう。無理な体制で寝ていたせいで痛む腰がそれを物語ってる。


「姉ちゃん!またゲームしながら寝たの?腰痛くするって……!!」

「うーん……いてて、何、もう朝……?」

「朝どころか昼!もう、呼んでも返事無いから何かあったのかと思ったら……!」


まだ覚め切っていない目を擦って顔を上げると、弟が困った様子でため息をついた。


「んー……何~?」

「俺、出かけるから。昼ごはん冷蔵庫に入ってるのチンして食べて」

「は~い……」

「晩ごはんまでには帰るから、食べたら洗い物しといてね」


こくこくと頷くと、弟はまたため息をつく。本当に分かっているのか?とでも言いたげだ。

そんな態度に反応したら、また小言タイムが始まるだろう。その状況を防ぐために、私はヘッドフォンに手を伸ばす。スリープモードに入っていたPCにログインしなおすと、昨日プレイしたゲームの画面がそのままになっていた。


「…………あのさ、姉ちゃん」


ヘッドフォンから鳴り響く電子音に混ざって、弟の呟き声が聞こえる。その後何か続けた気がしたが、壮大な音楽に混じってよく聞こえなかった。


「何?」

「……ううん、なんでもない。いってきます」


言葉の正体は明らかにならないまま、弟は部屋を出ていった。気になりはしたが、すぐにマッチングに成功したことを知らせる通知音が聞こえ対戦が始まってしまった。

きっと、たまには外にでたら?とか部屋片づけてとか、そんなことだろう。


弟・叶矢はとてもしっかりしている。

掃除洗濯料理その他家事を完璧にこなすスーパー中学生だ。

幼いころに両親を亡くした私達二人姉弟にとって、欠かせない存在だ。


対して私……本村若菜は、引きこもりのゲームオタクだ。

本来であれば高校3年生なのだが、もちろん学校には行っていない。24時間の内半分以上をゲームに費やしていて、気づいたら収益をもらえるレベルに達していた。

というわけで、我が家の生活費はほとんど私が稼いでいる。以前は親戚からの仕送りがあったが、私の現状を聞いて閉ざされてしまった。


今この生活で満足しているかと言われれば、YESとは答えられない。

世の学生達は今頃受験や就職に向けて、日々努力を続けているのだろう。

焦る気持ちもあるが、一度殻に籠ってしまうと外に出るのは結構な勇気が必要だ。

世界中の人間全てが敵に見えて、ドアノブを握ることすら恐れてしまう。


「……こんなお姉ちゃんで、ごめんね」


弟も呆れているだろう。私がこうやって引きこもる前は、もっと仲良くやっていた気がする。毎日一緒にご飯を食べて、テレビを見ながらくだらない話をして、たまには遠くにでかけたりもして……あの時は、二人っきりの生活も悲しくなかったのに。


ぴこん、とチャットが飛んできた。

私が集中していなかったせいで、チームがピンチだとかそんな感じのメッセージだった。

焦って謝罪を返し、ゲームの中に集中する。なんだか謝ってばかりだ。本当に情けなくなる。

聞こえてくる電子音楽と銃声すら、私を責め立てているような気がした。


それからしばらく、画面だけに集中した。

何戦か行った後一度チームを変え、また戦いに出る。どのくらいの時間がたったか分からない頃に、腹の虫が鳴る音が聞こえた。

そういえば、喉もカラカラだ。一度休憩して、弟が用意してくれているご飯を食べようかと考える。

チャットで離脱の挨拶をし、ゲームをログアウトする。一度PCをシャットダウンしてから席を立とうと操作を続ける。


しかし、何やら様子がおかしい。

いつもなら操作をしたすぐ後に真っ暗な画面が訪れるはずなのに、ゲームがなかなか終了してくれない。画面が固まってしまったのか、そろそろこのPCも寿命なのだろうか……。マウスやキーボード操作ではびくともしないので、仕方なく直接電源を落とそうとボタンを長押しする。


……画面は、一切変わらない。いったいどうしたのだろう。データが破損する恐れがあるこの方法はあまりとりたくなかったが、こうなってしまっては最後の手段。私は電源ケーブルを引っこ抜くことにした。


埃まみれのテーブル下からコンセントを探し出し、勢いよく抜く。上部でブツンと音が聞こえると、ようやく安心できた。データが壊れていなきゃいいけど、と考えながら体を起こし画面を確認する。

しかし、目に入ったのは考えていたのとまったく違ったものだった。


「えっ、何……?もしかして、本格的に故障……!?」


画面は真っ青で、良く分からないプログラムが永遠と羅列されていた。あまりにも猛スピードで流れる文字を何とか読み解こうとするが、プログラム言語どころか英語にも明るくないので全く意味が分からなかった。

今までに見たこともない状況に恐怖を感じ、唖然としたまま画面を眺めた。言葉たちは終わりを知らないかのようにずっと流れ続ける。


次の瞬間、画面が真っ白に輝く。あまりの眩しさに目を細めると、その光の向こう……うっすらと、人影が見えた気がした。

あまりにも突然の状況に、脳が混乱しているのだろうか。まばたきをして現実に戻ろうとしても、その人影は消えるどころかどんどん濃く、近くなってくる。


「だ、だれ……?」


無駄だと知りながら、私は人影に問いかけてみた。

だんだんとはっきりしてきたそれは……見覚えのある姿をしていた。


「私……?」


私と全く同じ髪をなびかせ、真っ赤な瞳でこちらを見ている。服装は、さっきまでプレイしていたゲームに登場するような……いや、これはもしかして、私のアバターのスキン……?

非現実な姿をした私は、何かを訴えかけているようだ。言葉は聞こえず、口元だけがパクパクと動いていた。

そして、ゆっくりとこちらに手を伸ばす。


伝えたい事はわからないが、せめて何かを感じ取れれば……。そう考え、私も同じように手を伸ばした。

絶対に触れることは出来ないはずなのに、私達はてのひらを重ねた。

モニターに直接触れたように、細かな電気が走る。温度は暖かく、本当にそこに生身の人間がいるようだった。


向こう側の私は、ゆっくりと頷く。目からは、一粒涙がこぼれていた。

その真意は分からないまま、再び白い光が私達を包んだ。

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