料理人と学者
* * *
「わあ、こんなにぴかぴかな卵、きっとおいしい料理が作れるに違いない!」
竜の卵を持って行ったのは、廃屋で声を上げて泣こうと考えていた、気弱な料理人でした。
まだまだ見習いである彼は、今日も失敗を繰り返し、美味しい料理もできず、怒られたために、この廃屋に逃げ込んできたのです。
ところが、黄金色の卵を見つけて、
「……美味しい料理が作れたら、みんな見直してくれるはずだ! それにこんなに大きな卵、上手く料理に使えたのなら、ちゃんとできるんだって、みんなに証明できる!」
卵を抱えた彼は、意気揚々と店に戻りました。厨房に入り、早速食材の準備をしようとしますが。
「おい、何をやっている! お客さんが来ているんだ! さっさと働かないか! 料理も下手なだけじゃなくてのろまなんて、本当に使えない奴だな!」
料理店はお客さんでいっぱい。料理が決して上手でない彼ですが、他の料理人は容赦しません。
「てきぱき動け! スープの作り方はそうじゃないだろう! 前に教えただろうが!」
「お客様が待ってるんだ! ほら邪魔だ!」
「本当に使えない奴だな!」
まだまだ見習いである彼は泣きそうになっていました。しかしこんな厨房でも、親切な先輩が一人いました。
「大丈夫だよ。スープの作り方、忘れちゃった? もう一度いっしょにやろうか」
「ありがとうございます!」
「みんな、ろくに教えてないくせにあれやれこれやれって、本当にひどいわよね」
親切な先輩は、丁寧にスープの作り方を教えました。そのスープは、店の門外不出のレシピによるスープでした。
「……うんうん、上出来! 本当はちゃんと料理できるんだから、心配しなくていいよ! いつかみんなも見直してくれるよ!」
先輩にそう言われ、料理人はぱっと顔を明るくします。そう、ちゃんと料理をして、見直してもらうのです。あの金色の卵を使って……。
「――あれっ! 卵がない!」
そう思って振り返った先に、金色の大きな卵はありませんでした。
* * *
「料理まだかなぁ。混んでるから仕方がないか……」
少し前のこと。見習いの料理人がスープを作っている頃、一人の学者が料理を待っていました。
ホールは混んでいるし、厨房をちらっと覗けばそちらも忙しそう……そこで、金色の輝きが目に入りました。
「……あれはまさか、竜の卵!」
厨房に卵がある、ということは、何を意味するのでしょうか。
「料理に使うつもりじゃないだろうな! 竜の卵なんて、研究価値が高いものを!」
学者は迷いませんでした。さっと席を立てば、するりと厨房へ。幸い、慌てふためく厨房では、誰もがそれぞれのことに集中して、学者の侵入に気付きませんでした。
学者は素早く卵を抱え上げましたが、そこでふわりと罪悪感がよぎります――こんな風に忍び込んで、ものを持ち出そうとして、まるで盗みをしているようではないか、と。
けれども竜の卵は貴重なもの。ここの料理人達に「卵を譲ってほしい」と言っても、きっと簡単には譲ってもらえません。それに自分が学者であり、卵の研究をしたいと思うように、彼らも料理人であり、竜の卵を使って料理したいと思うに違いありません。だからこそ、卵は厨房にあったのでしょう。
研究のためだからこれはいいこと――学者は最終的にそう決めて、竜の卵を持ち出しました。そのまま店を出ます。注文した料理のことなんて、もう知りません。とにかく遠くへ、遠くへ。もしも盗みがばれたらどうしよう。いやこれは盗みではない、研究のため仕方のないことであり、つまりそれは「いいこと」となるのですから。
ところが心臓はばくばく言い続け、卵がもぞもぞ動いただけで「ひぃ!」と学者は声を上げて震えてしまいました。そして走り出すのです。悪いことはしてない、でもあの料理店からできるだけ遠くへ。
「た、卵くんも食べられるより、竜を知る研究に使われた方がいいだろう?」
そんな風に話しかけながら、気付けば学者は、街から離れて森の近くにいました。
「おっと、この森には毒の花が咲いているんだった……触らなければ問題はないが。さっさと抜けてしまおう。そうだ、隣の街まで行けば、もう何もばれないだろう」
白い花がちらほら咲く森の中を、学者は進んでいきます。
「しかしこの花、いい薬にもなるんだよなぁ。あまり人々に知られると、やはり毒だし、全て刈り取られてしまうかもしれないが。茎の色の濃い部分なら、毒がなかったはずだ。少し持っていって、使い方のわかる者に売れば金になるだろう、隣街での滞在の費用にするべきか……」
学者は慎重に花をつんで荷物の中へしまいました。
やがて森を抜けて、開けた道に出ましたが、そこで大きな影が頭上を通り過ぎたのです。
「なんてことだ! 竜じゃないか! どうしてこんな場所に……」
そこではっとして、学者は竜の卵をその場に置き、木陰に身を潜めてしまいました。
「もしかしてあの卵、料理人達が竜の巣から盗んできたものだったのでは? あのまま私が抱えていたら、卵泥棒と間違えられたに違いない! なんて恐ろしい……」
いやしかし、もし本当にそうであったのなら、自分は竜に卵を返した善人ではないか? 学者はそう考えを改め、厨房から卵を盗み出したことを忘れることにしました。そして森へ戻り、元の街を目指して歩き始めました。
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