第3話 長い説明書とか読まないタイプ


 ゴリゴリマッチョなギルマスの手により黒いゲートに押し込まれたボクは、気付いたらダンジョンの中に立っていた。ギルマスは『不思議なダンジョン』って言っていたけど、シューティングゲーム専門なボクにはサッパリ分からなかった。ラノベでよくある異世界転移とかに出て来るダンジョンと何か違うの?


 一瞬の事で何が起こったのかサッパリ分からなかったが、とりあえず周りをぐるっと見渡したところ、辺りは洞窟のようなゴツゴツとした岩肌を見せる壁に囲まれた小部屋だった。


 モンスターらしき物体も見えないし、どうやら今のところは安全なようだ。ラノベと違ってこれはボクの夢だからね。夢だよね……?


 あまりにもリアル過ぎる夢で思わず頬を抓ってしまったが特に痛みは感じなかった。ギルドでは痛みがあったけどダンジョン内部では痛覚遮断の親切設計、やはりボクに都合の良い夢だな。ギルドでの痛みは寝てて足をつった時のアレですね。


「あれ、視界の隅に地図のようなものが見える。あとこれは階層、レベルとHPが表示されているのか?」


 夢の中とはいえ一人は寂しいので独り言をつぶやいてしまった。さっきまで一緒だったゴリゴリマッチョなギルマスが恋し……いや、男に興味はありません。女の子が良いです。


 気を取り直して視界の右上に表示されている小さな地図を確認してみる。今いる小部屋が薄い青色で表示され、自分の位置が黄色く点滅しているのである。試しに一歩横に移動したら黄色い点滅が右に移動したのだ。これは間違いなく地図です。ユウタ把握した。


 そして視界の真上には『1階 LV1 HP15/15 0G』と見えた。まるでゲームのような表示だけどちょっとレトロだ。0Gってお金の事かな? 入れば分かるって言ってたけど全然分からないよ。ギルマス仕事しろよー!


「まずは現状把握しよっと」


 マップが示す通り、部屋の左右には通路へ続く道が見える。ここはダンジョンだし、いつモンスターに襲われるか分からないのだ。ラノベで勉強したボクは慎重に左右を見渡し何もない事を確認した。


 まずは自分の装備を確認だ。上下セットのライトグレーのスウェットに裸足である。夢の中なのか裸足でも痛くないけど違和感が凄い。……パンツも装備してありました。


「なんじゃこりゃー!?」


 いつの間にか黒い肩掛け鞄を装備していた。良く見ると『マジックバッグ』という文字が小さく刺繍してありました。ふむ、さすがボクの夢の世界。これ欲しかったんだよねー!


 鞄の中を覗いて見ても真っ暗で底が見えない。試しに手を突っ込んで見たら頭の中にホワワワンとステータスウィンドウのようなものが浮かび上がって来た。



【マジックバッグ】

・ビッグマッキュセット

・冒険者のしおり



「ビッグマッキュ?」


 ボクの大好きなハンバーガーチェーン店で有名なやつです。思わず言葉に出してしまったが取り出したところ、ホカホカで温かいビッグマッキュが出て来ました。もちろん包装されていますよ。ポテトとコーラ付きな豪華なやつ。


 いつものボクならこの食欲をそそる良い香りにクゥクゥとお腹が鳴るはずだけど、今は大量のご飯を食べた後のように満腹感を覚えた。少しおかしな点に気付いたボクは、鞄にマッキュをしまって考えてみた。


 今日のボクはフラれて帰って来てろくにご飯も食べずに自分を慰めて眠ったはずだ。もちろんお風呂には入りましたよ? 現実でハラペコなボクは、いくらリアルな夢の中とはいえこんな食欲をそそる香りで食欲を刺激されないのはおかしい。


 こういう時、どうしたら良いかボク知っています。ふふ、ラノベとかで良くあるアレですよ。現実じゃ恥ずかしくて叫べないけど、夢の中なら何だって出来ます。でも左右を確認して誰も居ない事を確認です。よし、いける!


「…………す、ステータスオープンっ」


 モンスターが来るかもしれないので小声で呟きました。べ、別に恥ずかしいとかそういうんじゃないんだからねっ!



【ひよっこユウタ】

最深階:1

満腹度:100%

剣の強さ:0

盾の強さ:0

ちから:8/8

経験値:0



「ひよっこ?」


 頭の中にホワワワンと浮かんで来たステータスだけど、ボクの想像したステータスと違っていた。


 ラノベとかだと『腕力』とか『知能』、『運』とかそういうパラメータが出て来ると思ったのに、凄くレトロなステータスだったのだ。自分の夢なのにレトロ過ぎて混乱してしまう。でもまあ、とりあえずこの満腹度が100%だからビッグマッキュを見ても食べたいと思わなかったのかな?


 いつモンスターが襲って来るか分からないしさっさとアレを確認しよう。マジックバッグから『冒険者のしおり』を取り出して読んで見た。



【冒険者のしおり】

・自分とモンスターは順番に動く。焦るな危険!

・道具を見たり体の向きを変えるのは動作にはならない。

・逃げる時はモンスターの斜め攻撃に注意しろ。

・歩いているうちにHPは回復する。危なくなったら、まず逃げろ!

・炎の杖は必ず当たる。

・ワープの杖は敵を飛ばし、混乱の杖はフラフラにさせる。

・逃げられない時はワープ薬を飲む! ラブリーポーション♡はモンスターに投げる。

・回復薬や上級回復薬はHPが最高の時に飲むと最大HPが少し上がる。

・毒で下がった「ちから」は解毒薬で元に戻す! 筋肉増強薬はその後に飲め。

・寝ている敵、起きている敵の区別を地図も見ながら確かめろ。全ての敵を相手にする必要なし。

・呪いの装備に注意しろ。

・死んでもゴールドの半分は持って帰れる。

・なお、このしおりは自動的に消滅する。成功を祈る! byギルマス



「うわああぁああ!? あ、あつっ……くない?」


 最後まで流し読みしたら突然しおりが発火して灰になった。説明書を良く読まないタイプな性格が仇となった。手の中で一瞬にして灰になったけど全く熱くなかったけど、やはり夢の中ではノーダメージなのか。


 しおりの最後の方に書いてあった大事な一文だけはしっかりと記憶している。死んでもゴールドの半分は持って帰れるというやつだ。つまりモンスターにやられてリアルで死ぬとかそういう怖い話は無いって事だ。ふぅ、危ない危ない。これだけリアルな夢だとついつい疑っちゃうよね。


 さて、そろそろボクの冒険を始めようと思う。さっさと中級冒険者になってサキュバスの館に行くのだ!


 フンスと気合を入れて右側の通路に向かって歩き出したところ、都合の良い事にモンスターが現れた。ふむ、あれはまさに最弱モンスターに相応しいスライムちゃんですね。


「可愛いー!」


 青いプルンプルンなボディをブルブルさせている可愛いモンスターです。ラノベとかだと酸で溶かされたりする凶悪なモンスターということもあるけど、これはボクの夢だからきっと最弱だと思います。たぶん。


 冒険者のしおりには順番に行動するって書いてあったのを思い出した。実験のためにジーっとスライムを見つめるがブルブルしているだけで攻撃してくる気配がない。


 ボクは動かず部屋を見渡してみるが他にモンスターの気配は無し。そしてマップにはボクを示す黄色い点滅から2つ空間を開けた先に赤い丸が表示されている。つまり赤は敵って事か。


「まずは一歩進んでみよう」


 スライムに向かって一歩進んでみると、面白い事にスライムもボクに向かってポヨンと跳ねて近づいて来た。そしてお互いジーっと見つめ合う構図が出来上がった。


 テカテカと光を反射するプルンプルンな真ん丸ボディだけど、顔も無ければ核も無かった。スライムと言えば核を破壊して倒すのが定番なような……?


 さて、どうやらこのダンジョンのルール的に次はボクのターンという事になるのだろう。この可愛いスライムを攻撃するのは気が引けるけど、これもサキュバスさんのおっぱいのためと思えば良い練習である。


「うりゃぁぁぁあ!」


『ピギィィィ!』


 ボクは思い切り右手で殴りつけた。蹴りとかでも良さそうだけど、このダンジョンのルールなのか右手でしか攻撃出来なかったのである。


 右手が柔らかいおっぱいに埋まったような錯覚を覚えた後、スライムちゃんから叫び声が聞こえた。スライムって声が出るんだね!


 そして次の瞬間、スライムがボクに向かってポヨンと跳ねた。


『ピギィィィ!』


「うぐぅ……って、全然痛くない」


 試しに避けて見ようと頑張ったけど足が動かなかった。ボクのお腹にスライムがプルンプルンと当たったけど痛みは無く、視界のHP表示が『13/15』になっていたのだ。つまりスライムから2のダメージを受けたって事だろう。


 攻撃した時のおっぱいを揉んだような感触はあるのにダメージの痛みはない……まさにご都合主義な展開だと判明したボクは、サクッとスライムに攻撃を再開するのでした。


『ピギィ……』


 もう気合を入れて殴る必要もないと分かったのでペチンと叩いたところ、断末魔の叫びを上げてスライムが霧になって消えた。ラノベとかだと魔石とか落ちそうだけど何も落としません。


 そうしてボクの初めての戦闘は虚しいほどアッサリと終了したのだった。

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