待ち過ぎシャッターチャンス【後編】

 近づくと分かる、わたしたちよりも大きな体、頭二つ分も高い身長……。


 帽子を目深に被っているせいで、さっきまで見えていなかった瞳がよく見える――


 充血した、赤い瞳。


 睨みつけるのではない――獲物を狩る目に見えた。


『ひっ――』


 わたしたちは声を上げられなかった。

 撮影よりも先に悲鳴を上げるべきだったのに、喉が詰まってしまったかのように声が出ず――だけど先に体の自由が戻ったのは彼女の方だった。

 彼女がわたしを横に突き飛ばし、右の手の平で、男の頬を叩いた。


「逃げなさい――早くッ!!」


 その声に背中を押され、わたしの足が回り出す。


 自然と、彼女とは二手に分かれることになった――って、ストーカーはわたしを狙っていたのだから、二手に分かれたらわたしの方にくるんじゃ……っ!


 それを見越して、彼女は二手に分かれることを選んだのだ――、……いや?


 でも、ストーカーは、いつまで経っても、わたしのところへやってこない。


「…………あれ?」


 追いかけるのではなく、先回るように追跡しているのかもしれない……、


 だから前方を注意していたけど……しかし、やってくる気配がなかった。


 わたしじゃなくて、彼女の方へ――海原うなばらさんの方を追いかけた!?


「ッ、なんで!?」


 平手打ちをしたから――?

 優先して彼女の方を追いかけることにしたのだろうか。


 もし、捕まってしまえば……、海原さんはどうなる?


 喰らった分をお返しする分で済めばいいけど、あの目は、それでは済まない目だった……。


 ――海原さんが、危ない!!



 来た道を引き返し、海原さんと分かれた場所まで戻ってくる――


 そこから、海原さんが向かったであろう場所を予想して追いかけると――、人通りが少ない路地裏に…………、いた。


 ストーカーの男と、海原さんだ。


 海原さんは押し倒され、男が馬乗りになっている……、あれでは逃げられない……。


 わたしが出ていって、助けられる……? いいや、無理だ。


 二人まとめて――、あの男の餌食だ……。

 だからわたしは、スマホを取り出した。


 カメラを起動し……撮影する。


『決定的な証拠がなければ、警察は動かないものなのよ』


 海原さんのアドバイス……。


 警察を動かすためにも――わたしが絶対に、あいつの悪事をこのカメラに収めてや、



「あ……え?」



 決定的瞬間が、カメラに収められた。


 あの人が犯人であるという、動かない証拠であるけど――同時に。


 海原さんもまた、もう、二度と戻ってこない最期を迎えた。



 心臓一突き、深々とナイフが刺さっている。

 海原さんは、倒れたまま、動かない。


 動けないのだ。

 だってもう、彼女は……。


 悲鳴を上げることなく、絶命しているから。


「……嫌がらせじゃ、ない……んだよね?」


 ――ドッキリでしたっ、と立ち上がってわたしをからかってくる気配は……ない。


 ストーカーも仕込みで、リアルな死んだふりという線も……ない。


 本当の、本当に。

 海原さんは、死んでいる……?


「……ふう、次は――逃げたもう一人を、追いかけないとなぁ……」


 小声なのに鮮明に聞こえてくる声。

 わたしは咄嗟にカメラを真下に向け、息を潜めて陰に隠れる。


 視線が、カメラのレンズが、犯人を刺激してしまうと思ったから。


「顔は分かっている……どこまでも、追いかけて――ひひ、いひひひひ――」


 それから、十分以上も、わたしは動けなかった。


 カメラの録画は随分と前に止まっていた……、指で触れてしまったのだろう――

 もしかして録画が失敗して!? と思って見返してみれば、はっきりと映っていた。


 一部始終が。


 海原さんが、殺されるまでが。



「…………、あの、警察、ですよね……あの――友達が、殺されました……っ」


 すぐに駆け付けてくれた警察に、わたしは保護された。


 あっという間だった……

 犯人の姿を撮影していたおかげで、犯人はすぐに捕まった――。


 潜伏中の殺人鬼だったようで、わたしの勇気ある行動が、町の平和を守ったのだ。


 後に、わたしは表彰された……でも、失ったものは大きかった。


 被害者は、クラスメイトの、海原さん――



 それから。

 当然ながら、嫌がらせはなくなったけど(単独犯がいなくなったのだからそりゃそうだけど……)、こんな形で普通の学園生活が戻ってきても、嬉しくなんかない。

 望んでいなかった――

 クラスメイトが欠けたクラスは、どうしたって、空気が重くなるものだから。


 誰も、『わたしのせい』だとは責めなかったけど、それでも、わたしが一番、自分を責めている――あの時、わたしが撮影するよりも先に、海原さんを助けていれば。

 ……いれば、違った結果になっていたかもしれない。二人とも殺されていたかもしれないけど、わたしが死んで、海原さんが生きている世界もあったかもしれなくて――。


 そっちの方が、みんなが望んでいたことだったのかも。

 


 海原さんが殺された一部始終が収められた動画……。


 警察に押収される前に、データのバックアップを取っておいた。


 だからわたしの手元にある。

 いつでも見られる――忘れないように。

 彼女がいたからこそ、わたしは今、生きていられることを。


「……え」


 動画を解析したところ、彼女はナイフが心臓を一突きにする最後の瞬間、呟いていた。


 口の動きだけじゃない、声も出ている――


 専用のソフトで音を取り出して聞いてみると、



『ごめん、ストーカーは仕込みなの……。

 だからこれは、一線を越えた、罰なのよね』



 え、……って、ことは……ストーカーと殺人鬼は、別だった……?


 たまたま、服装が似ていただけで……?


「海原さん……?」


『あたしが良い子だった、なんて、言わせない……。

 あたしは最後まで嫌な子なの――。勝手に神聖視しないでくれる? ムカつくから――』


 それは、殺人鬼に言ったセリフではない。


 撮影し、後で見返すだろうわたしへ――今のわたしへ向けたメッセージだ。


 死んでも尚、わたしへの嫌がらせはやめないつもり……?


 神聖視も、させてくれないなんて……!


「嫌だ。――良い子だったって、思ったままでいてやる……!」


 嫌がらせについて、わたしは諦めていた。やり返す気力もなかったし、力もなかった……、それ以上に、また返ってくる嫌がらせに怯えて、仕返しもできなくて――

 でも、今ならできる。

 当人がいなくなってから反撃するなんて、卑怯かもしれないけど……。

 こっちからすれば、「なに勝手に死んでんだ」って感じだ。


 それに、死んでもまだわたしに嫌がらせをするつもりなら。

 ……こっちも、今度こそ、重い腰を上げてやろう――。


 あなたの思い通りに生きてはやらない。


 わたしはあなたを恩人として、神聖視する――

 絶対に忘れてやらないし、悪人だなんて思わない。


 ……これが嫌なんでしょ?


 だったら――絶対にやめてなんかやらないんだからぁっっ!!



「化けて出て悔しがれ、わたしの大嫌いな、命の恩人め!」



 ―― 完 ――

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