待ち過ぎシャッターチャンス【前編】

「――で、なに? 放課後の教室に呼び出して、なんの用? あたし、忙しいんだけど……」


 指で毛先をくるくると弄んでいるのは、彼女の癖だ。

 嘘を吐く時……、もしくは動揺している時。

 呼び出される心当たりが、彼女にはあるということだ。


「……じゃあ、単刀直入に言うけど――

 最近のしつこい嫌がらせ、もうやめてくれるかな。靴を隠したり教科書を破いたり、それくらいならまだ目を瞑ることができるけど……――ううん、本当は嫌だけどね、それでもまだマシな方だったから……。

 ――わたしがやめてほしいのは、ストーカー被害の方なの」


 嫌がらせと同時期だった。


 だから関係があると思うのは当然のことだ。


 帰路を歩くわたしの後ろをついてくる、怪しい人物がいたことに、ある日のこと、気が付いた。帽子を目深に被った、正体不明の男……。


 体格から男だと思ったけど、どうなのだろう……

 女性を使っているかもしれない可能性は、まだ否定できない。


「どうせあなたが用意した嫌がらせでしょ? ……充分、嫌だからさ、ほんとにストーカーだけはやめてくれる……? 素直に言うけど、あれが一番、怖いのよ」


 嫌がるわたしを見たいがためだけに用意したのだろう。


 わたしが嫌がれば嫌がるほど、効果てきめんのこの手段が続くかもしれないけど、ここは白旗を上げて、彼女を満足させる方が、手っ取り早く終わる気がする。


 彼女の嫌がらせに音を上げない勝負をしているわけではない……。

 わたしの負けでいいから、早くストーカーをやめさせて。


「……なにそれ、知らないんだけど」

「ねえ、ほんとに、」


「本当に知らないの。考えたことはあるけど――

 逆の立場になって考えてみたら、それは一線を越えているから」


 彼女にも、線引きがあったらしい。

 いや、これまでの細かい嫌がらせだって、冗談では済まないものばかりだけど?


 逆の立場になって考えられるなら、もっと他にも考えてみてくれないかな?


 どうしてストーカーの時だけまともになるの?


「…………え、じゃあ、最近わたしの後をつけてくるのって……、本物のストーカー……?」


 彼女の嫌がらせではなかった……だから『良かった』、とはならない。

 だって――正真正銘、ストーカーだもん。


 あくまでも冗談の範疇で嫌がらせをしてくる彼女の、しかし、その手の外で起こっている嫌がらせは、冗談にはならないのだ。


 一線を越えられた。


 人の道を踏み外した誰かが、わたしを狙っている……?


「な、なんで……?」


「とにかく、アンタが気にしてるそれ、あたしの管轄じゃないの。もういってもいいわよね?」


 彼女が仕掛けたものではない……のであれば。

 彼女をここに止めておく理由はないわけだけど……だからこれは、わたしのエゴだ。


 教室を出ようとする彼女の腕を掴む。


 まさか、わたしをいじめる主犯格に、こんなことを頼むことになるなんて……。

 でも、頼れる相手は彼女しかいないのだ。


 本物のストーカーがいると分かって、今から一人で帰るなんて……っ、


 ――できるわけないじゃん!


「なによ、離して」

「……ついてきて」


「はぁ? なんであたしが、」


「お願いだからっ、今日だけでいいから一緒に帰って!!」


 まさか、いじめている相手からこんなお願いをされるなど、考えていなかったのだろう……

 開いた口が塞がらない間抜けな顔だった。


 はっ、と意識を取り戻した彼女が、はぁ、と盛大な溜息を吐き、指を差す。


 ぴんと伸びた人差し指の先には――――、自販機だ。


「喉。渇いたから……なにか買ってくれる?」


 そんなことで護衛をしてくれるなら、安いものである。



「あ、通報すれば良かったんじゃ……」


 帰路を歩き始めて、すぐに気が付いた。

 彼女いじめっ子に頼るまでもなく、警察を呼べば、保護と捜査を同時におこなってくれたのでは……?


「決定的な証拠もないのに、警察が動いてくれるかしらね。ストーカー……『かもしれない』わけでしょ? 仮に、警察が動いて、ストーカーを発見したとしても、相手ストーカーが『違う』と言い逃れができる環境なわけだから――根本的な解決にはならないと思うわ」


「証拠……、ストーカーの、証拠……?」


「連日、後ろをつけられているのなら、その映像を見せるしかないわよね。

 一日二日なら証拠としては弱くても、数か月も続けば強い証拠になる。アンタが気づいた日から撮影をしていれば、今頃は有利になっていたのにね……、怠けるからよ」


「最初はストーカーかどうか分からなかったし……。

 同じマンションの住人かな、とか思ったりもしたから……」


 早々にその線はないことが分かった。


 オートロックのマンションの中までは、相手は入ってこなかったのだから。


 わたしと時間差で、家に帰る同じマンションの住人とも思えないし……

 やっぱりわたしを狙っているストーカーなのだ。


 でも、どうしてわたしを?

 彼女の嫌がらせでないのなら、益々、理由が分からない。


 まさか、わたしの追っかけファン――なわけないよね?


「……ねえ、わたしって、かわいいと思う?」


「寝言は寝て言いなさい」


 どうやら、かわいくないようだ……

 まあ、彼女ならそう言うよね、いじめの主犯格だし。


 主犯格というか、単独犯なんだけど。


「まあ、そのストーカーからすれば、かわいいと思ってるのかもしれないわね……アタシには理解できないけど」


「あ、そうなの? 妬みでいじめてくるのかと思ってたけど……

 じゃあなんで嫌がらせしてくるの? 動機が分からないんだけど……」


「ムカつくから」


 だから、なんでムカつくのかが分からないんだけど。

 ……理由はないけど相容れない、ってところかな。


 苦手なタイプは誰にもいるだろうし……、わたしにだって、理由はないけど『好きになれない』人はいるわけで……。


 目の前の彼女のことではないけどね。


 もちろん、好きではないけど、でも、こうして護衛をしてくれているところを見ると、根っからの悪い子ではない気がする……。


 いいや、ギャップに騙されているだけかもしれないけど――今までが酷かったもんねえ。


 ちょっとした優しさでも、普段の酷さのおかげで過剰に良く見えるのは、やっぱり得である――だから普段から真面目な子が損をするのだ……!


「しっ、後ろ――いるんじゃない?」


 と、彼女が気づいたようだ。

 わたしはスマホのインカメラで――背後を映す。

 いた。帽子を目深に被った、怪しい人だ。


 男? 女? 聞いてみると、「は? 男にしか見えないでしょ」――らしい。

 やっぱり男だった。


「そのスマホでいいわ、尾行してくる相手を撮影してなさい。

 ――今日だけの映像じゃあ、まだ決定的にはならないけど、これを毎日続けていけば、証拠も確実なものになっていくはずだわ――。

 言わなくても分かると思うけど、相手に気づかれないようにね」


 うん、と頷く。

 話し声が後ろの男に聞かれないように、小声での会話だった。


 必然、わたしたちは密着する距離感になり、お互い、今だけは嫌悪感がなくなっていた。


 彼女の「知らないわよ」は、本当だったのだ……、

 彼女の演技も疑ったけれど、肩が触れた時の、彼女の震えは、演技ではないと思う……。


 背後の怪しい男に、やっぱり彼女も怯えているのだ。


「大丈夫?」

「大丈夫よ、いいから、撮影をしてなさい――」



「撮影? こそこそと、そんなことをしていたのか」


 

 背後――だった。

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