衣風堂々

 風が吹いた。

 下から上へ、階段を駆け上がるように。


 その突風は一人の少女とすれ違う――


 瞬間、突風に顔を撫でられた少女が、まぶたを下ろしたと同時……ばさり、と。


 大きくスカートがめくれ上がった。


「…………? っ、ッッ!?!?」


 慌てて手で押さえたものの、遅かった。

 階段を上がっている途中だった男子生徒と目が合う。


 彼女が階段の上段にいて、彼は下段にいる……、突風でめくれたスカートの中は、彼には丸見えだっただろう。

 階段を上がっている彼の視線は、自然と斜め上になるのだから……——視線の先にいる少女を見るつもりがなくとも、視線は向いてしまう。


 そこでタイミング良く、スカートがめくれてしまえば? ……めくれたから見たのではなく、視線の先で激しく動いたものがあったから目で追ってしまった……

 その先にスカートの中身があったとすれば、意図していなくとも、見てしまったことになる。


 幸い、階段にいたのは二人だけだった――

 少女からすれば、『男子生徒』だったのは最悪だったが……。


「み……ッ」


「見たよ」


「見ましたよね!? ……って、先回って返事をしないでください!!」


 顔を真っ赤にした少女が、階段脇の手すりを掴みながら、慌てて彼に詰め寄る。

 足を踏み外しそうになりながらも、なんとか辿り着いた。


 ……階段、一段の差で、ちょうど彼と目線が合う。


「見たなら……分かってますよね?」


「誰にも言うなってことだろ? 分かってるよ、言いふらせば、俺がお前の……——を、見たって白状しているようなもんだしな。

 まあ、自由だし、いいんじゃねえの? 俺は気にしねえよ。穿いていなかったとしても、人それぞれスタイルがあるしさ」


「違いますっ、穿き忘れたんです!! いつもはちゃんと穿いてますよ!!」

「そうなのか。どっちでもいいけど」


 と、男子生徒の方は淡々としている……、彼女が被害者だとすれば、彼は意図していない加害者なのだろうけど、彼も彼で被害者だ。

 羞恥心と罪悪感がなければこんなものだろう。

 興味もなければ、やり取りも淡泊になってくる。


「もういいか? こんなところでモタモタしてたら遅刻しちまう。

 お前も、下になんの用事でいくのか知らねえけど、急いだ方がいいぞ」


「…………んで、」


「ん? 悪い、聞こえなかった」


「――どうしてあなたはそんなにも冷静なのですか!?

 わたしのスカートの中を見ておいてっ、だって、穿いていないってことは、その……私の、……丸見えの部分を見たはずでしょう!? どうしてっ、わたしだけが顔を真っ赤にして、取り乱さなくちゃいけないんですかぁっっ!!」


 ぽかぽかと音がしそうな、痛くもない拳で男子生徒の胸を叩く。


「あぶねえっ! 階段の途中で暴れるな、バカっ!」


 ひとまず、階段を上がった二人だ。

 またいつ、突風が吹くか分からない。さっきの今でガードが緩いままだとは思えないが、念のためだ。階段を上がり切ってしまえば、風でめくれることは少ないだろう。


 警戒して手で押さえておけば完璧だ。


「あなたもっ、見たのですから赤面してくださいっ、取り乱してください!! それが女の子のスカートの中を見たリアクションでしょう!?

 お互い無言の重たい空気の中で、あはは、なんて愛想笑いをして見なかったことにするのがこの件の手打ちの仕方ってものじゃないですか! 淡泊な反応はこっちが傷つきます!!」


「めんどくせえな」

「なんですと!?」


 大股で地団駄を踏む少女だった……、風がなくともめくれそうである。


「というか、なんで俺がお前に合わせる必要があるんだよ、お前が俺に合わせてくれれば一緒だろ? ようは『差』があるのが嫌なわけだ。

 だったら赤面するお前じゃなくて、淡泊な俺に合わせてしまえば、お互い差がなく、フラットじゃねえか。……そもそもスカートの中を覗かれたくらいで恥ずかしがり過ぎなんだよ。堂々としてろって」


「パンツを穿いていれば諦めもつきますけど!!」


 今日に限ればノーパンだった。

 今日だけだ。……昨日は穿いていたし、明日も穿いているから勘違いしないように、と少女が何度もしつこく男子生徒に言い聞かせる。


「だって……パンツの下は、まず最初に好きな人に見せたかったですから……」

「そう上手くはいかねえよ」


 言ったら少女の目が据わった……言い過ぎたようだ。


「ごめんって。あと、今更の話で悪いが、一瞬だからな……

 全体像がなんとなく見えただけで、はっきりと見えたわけでは――」


「分かりました。では、わたしが淡泊な反応で合わせるとしましょう。

 あなたは今から、わたしのスカートをめくってください。ここでリアクションを合わせることで、差を無くし、さっきのことはチャラにしましょう」


「は? ……お前、なに言ってんの? 差を無くすって……確かに言ったが、あれは屁理屈みたいなもんで――

 それに、差を無くすために、またスカートの中を見られるってことだぞ? お前はそれでいいのかよ」


「構いません。一度でも見られたら、二度も三度も変わりませんし」

「危険な思考回路じゃねえか、それ……」


「もちろん、誰彼構わず見せるわけではありません。あなたなら一度見られていますから、二度も三度も変わらないわけです……——いいから早くめくりなさいっ、ほら!!」


「こいつ、変なスイッチが入ってバグってるだけだろ……ッ」


 スカートをたくし上げ、「ほらっ、早く!」と迫ってくる女子生徒……、


 人に見られたら、厄介な噂が流れてしまいそうな光景だ。


「っ、うるせえっ、分かったからこっちこい!!」


 人通りが少ない廊下へ、手を引いて連れていく。


 少女は周りが見えていないようで、たとえ往来の激しいところでも、構わず彼に詰め寄っていただろう……、どうして彼女はこうも目を輝かせている? 見せたいのか? ――否だ。

 彼女は差を無くしたいだけで……、どうしてそこまでこだわっているのかは、男子生徒には分からなかったが。


(……現実逃避?)


 もしくは、差がなくなることがゴールだと思っているのかもしれない。


 なんにせよ、あんなことを言わなければ良かった、と彼の方が後悔している……。


 風でめくれたスカートの中を見てしまったから、気を遣って堂々としていただけなのに……。

 まさかその対応が、こんな事態を招くとは。


 素直に赤面していれば良かった。


 まあ、ノーパンという衝撃が強過ぎて、赤面どころか一瞬、顔を真っ青にしてしまったのが事実ではあったが……。

 隠れているものを追い求める情熱には興奮するものの、いざ見えてしまうと意外と冷めるものだ。冷めた上での淡泊だったのかもしれないけど……。


「――さあっ、どうぞ、存分にめくってください!!」


 無防備な同級生のスカートをめくる……、もちろん、憧れたこともある行為だが、しかしいざこうして、目の前で「やってほしい」と頼まれると、恐怖が勝る……。

 罪悪感で首が絞められている気分だった。


 自分で認めるが、間違いなく自分は人並みにエロいが、しかし求めたものはこれではない。


 二度と訪れないシチュエーションだろうけど……

 こんなシチュエーションなら、二度とこないで欲しいと願う。


「分かったよ……いくぞ? 本当にめくるからな!?」

「はいっ!」


 共同作業のように見えて、実際は彼の独壇場である。


 めくられる側の少女は、目を瞑ってリラックスしている――

 間違いなくスカートをめくられる側の態度ではない……っ。


 なぜか少しだけキス顔である。

 いや、男子生徒の妄想が見せた幻覚かもしれないが。


(――チッ、ああもうっ、やってやる!!)


 そして、彼の両手が、少女のスカートをめくり――――




「……これはこれは、お見苦しいものをお見せしてしまいました、ごめんなさい」


 淡泊に、と言っていた少女だが、その態度は感情が強く込められている……。

 羞恥心でこそないが、人を小馬鹿にした態度だった。


「…………ああ、気にして、ねえから……っ」


「どうされたんですか? 顔を真っ赤にして――耳まで真っ赤っかですねえ?

 あなたは一体、なにを見てそんな風になってしまったのですか? どうなんです?」


 男子生徒の周りをぐるぐるとまわり、楽しそうに問い詰める少女。

 彼が顔を真っ赤にしているのが、よほど嬉しいらしい。


「……お前、パンツの下を見られて、喜んでんじゃねえよ変態」


「変態で結構ですよお、あなたのそういう顔が見たかったので! ――ふふんっ、平気な顔して余裕な態度のあなたがそこまで取り乱すなら、いくらでも見せられますねえ……。

 お次はわたしの『お裸』でも披露しましょうか?」


「…………上等だ、いつでも見てやるよ。

 お前のその『だらしねえ体』なんか見ても、なんとも思わねえことを証明してやるッ!!」


「なっ!? だらしっ!?!? ……分かりましたよっ。

 またあなたのその態度、百八十度ガラリと変えてあげますから!!」


「望むところだ――

 ならさっさと脱げ、毛穴までじっくりと見てやるからなぁッ!!」



 ―― 完 ――

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