サイクル・クールダウン
「おいおい……なんでこんなことになってんだよ……——あぁ!?」
通販で頼んだ荷物が届いたと思えば……なんだこりゃ。
扉の前に置かれたダンボール箱が、びっしょりと濡れてやがる。確かに午前中は予報外れの雨が降ったが……普通は雨を警戒してビニール袋でも被せておくものじゃねえのか?
玄関前に屋根がないのだから、降れば濡れるのは予想できるはずだ。
それ以前に、たとえ快晴でも雨が降る可能性があることを考慮することもできないのかね……、近頃の配達員は無能が多過ぎる。
早く届けることに意識が向き過ぎだ。配達量が多くて大変なのは分かるが、だからと言って一つ一つの荷物を蔑ろにしていい理由にはならねえぞ?
「クソが、中までびっしょりと濡れてるじゃねえか……ッ、頼んだのは
部屋に運び込み、中身を開けて確認してみる。
…………まあ、外箱は濡れていたが、中身までは浸水していない。何重にも袋で包まれていたのが幸いした……、梱包してくれた出品者に感謝だな。
もしも商品まで浸水していたらと考えるとゾッとするな――
俺が怒りでなにをしてしまうか、分からないから。
「結果的に無事だったが、今後も同じことが起こると困る……チッ、電話一本、一言でも文句を言っておいた方が、俺のためにも相手のためにもなる。
こういうのがクレーマーなんだろうな……だが、必要なことだ」
担当した配送会社を調べ、電話番号を見つける。
スマホで電話をかけ――
しかし、数コールしても出ないために、ふつふつと、苛立ちが怒りをさらに押し上げてくる。
無意識だったが、舌打ちが止まらねえ。
すると、やっと繋がった。
『——こちらナデシコ運輸です。ご用件をお伺いいたします』
女性の声だった。
……綺麗な声でこっちが落ち着くと思うなよ?
「――届いた荷物のことだ。あんたらの雑なやり方で、頼んだ荷物が破損しそうになったんだ……——あんたのところの会社では、配達員にどういう教育をして、」
『ご用件が、質問、の場合は、お手元のダイアル番号の1番を……、配達依頼であれば、2番、を……、再配達の依頼であれば、3、番を……
クレームであれば、それ以外の、番号を押してください』
「あぁ!? って、人間そっくりな声の機械音声かよ……分かりづらいことしやがって……。
で、なんだっけ? クレームなら……まあいい、クレームってことにしておいてやる」
指示通り、1、2、3以外の番号を押すと、保留音が流れる。
保留音が流行りの曲だったから、苛立たずに待つことができたが……、一曲丸々聞けてしまったってことは、ようするに三分ほど待たされたことになる。誤魔化されねえぞ?
『はい、お待たせしました』
「……長々と待たせやがって……ッ、――届いた荷物のことだ。
あんたの会社の配達員のせいでなあ、頼んだ商品が壊れそうに、」
『届いたお荷物に関するクレームでしたら、1番を、そうでなければ2番を押してください』
「また音声かよ……」
そっくり過ぎる……。
若い女性が喋っていると思っただろ……いや、それとも喋る内容が音声ガイダンスの台本で、喋っているのが本物の人間なんじゃないか?
そう思ってしまうほどに、音声が流暢なのだ。
最近のAIの進化を考えれば、これくらいはできるようになっているのが当たり前なのか?
「荷物のことなんだが……
しかし、配達員への文句でもあるから、どっちを押せばいいんだ……?」
ひとまず、1番を押す。
荷物と合わせて、配達員のことも話題に出せばいいか……。
『少々お待ちください』
今度の保留音は、俺の青春時代に流行った楽曲だった。
懐かしい気持ちで聴くことができた……、あっという間に三分近くも経っていたらしい。
「ふう……、たまに聴くのもいいもんだ――って、違う!
落ち着いてどうするっ、俺は今、クレームを入れようとしているのに!!」
『届いたお荷物へのクレーム内容は、破損、でしたら1番を、紛失、でしたら2番を……それ以外でしたら3番を押してください』
「…………」
本来であれば、どれだけ待たせるんだ、早く人間と喋らせろ、と怒るところだが、次の保留音への期待が高いせいか、選択はスムーズだった。
破損の1番を押すと――次の保留音はクラシックの音楽だった。
聞いたこともない曲だったが、大人になると分かる――
聞き入ってしまう魅力に、俺はスマホを離せなくなっていた……。
クラシック曲を聴き終える。
長尺だった……もしかしたら途中でループしていたかもしれないけど、詳しくない俺には分からないな――そして保留音が切れる。
『はい、お待たせしました。ナデシコ運輸ですが、どうされましたか?』
やっと、機械音声ではなく、人間の声である…………だよな?
正直、さっきまでの機械音声と同じ声だから、判別がつかない。
喋り方が人間らしいから、きっと人間なのだろうけど……。
「あー、そうだな……」
クレームを入れてやろうと意気込んで電話をかけたものの、長時間も待たされたせいか、それとも流行りの曲、懐かしの曲、クラシック曲と、保留音のおかげで落ち着いたのか、なんでこんなことで怒っていたのか、自分自身で疑問に思うほどだった。
無駄な時間を過ごした――
いや、新鮮な音を耳に入れられたのだから、無駄ではないのか。
「すまない、電話をするほどのことではなかった……
――このまま切らせてもらうが、構わないか?」
『はい、大丈夫です。またのご依頼をお待ちしています』
「あ、じゃあ最後に一つ、聞いてもいいか?」
『構いませんよ、なんでしょう?』
「保留音のクラシック曲……あれはなんて名前の楽曲なんだ?」
―― 解決 ――
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