デーモン・ストレーション

「大変ッたいへんっタイヘンですよ魔王様ぁ!!」


「やかましいな……敵襲のことなら分かっているさ」


 大仰な椅子に座り、肘を置いてのんびりしているのは魔王だ。

 赤い髪に、額から角二本を生やした青年は、敵襲であってもあくびをしている……。


「あ、分かってるんですね……既に手を打っていたりしますか?」


 跪かない部下を注意することはない……、なんど言っても直らないのだから、言うだけ無駄である。魔王からしても、ヨイショしてほしいわけではないのだ。


 最低限の礼儀さえあれば……――まあ彼女の場合は、その最低限も怪しいものだが……。


「空賊だろう? オレの首を獲りにきたんだろうな……それとも、オレは無理でも、幹部ならいけると思ったのかもしれないな……。

 うちには賞金首が多くいる。どさくさに紛れて首を獲ろうと企む空賊は多い」


「しかも一隻ではないですから、漁夫の利を狙った空賊もいると思いますね」

「そんな言葉を知ってんのかよ」


 意外と学があることに驚いた……なら、学ぶことができるのに、どうして言われたことを直すことができないのか、疑問である。


「直すことを選ぶ権利はこっちにもありますよ!」


「進んで嫌なのかよ。……まあいいけどよ。

 さて、空賊を相手にお前ら、まさか魔法なんか使ってたりしねえよな?」


 目の前の少女ではなく、マイクを通して城全体に向けた発言だ。

 八本足で移動する魔王城内部……、当然、いるのは魔族であり、魔法のスペシャリストだが――現状、魔法を使えない理由がある。


 使えないというか、使ってはいけない理由だ。

 使えば面倒なことになる……どうしてかって?


「クソ……また誰かが魔法を使いやがったな!?」


「よく分かりますね、魔王様……もしかして城の隅々まで監視しています?

 ……あれ? でもそれって、魔法を使っていることになるのでは?」


「魔法なんかなくとも、オレは耳が良い……。だから魔法を使えば生まれてくる『魔法の残滓』が変化した『赤ん坊』の声が聞こえるんだよ!

 あちこちから聞こえてくるじゃねえか……っ! 自分が撒いた種とは言え、魔王城は保護施設じゃねえんだぞ!?」


 ちなみに、目の前の少女も、元は魔法の残滓から生まれた生命である。

 一年前まで赤ん坊だったのが、今ではもう成長期に差し掛かった少女だ。


 成長速度が早い……。

 赤ん坊の時期が短いのは、良いのか悪いのか。

 すぐさま食費が膨れ上がるのは、魔王の悩みである。


「ついつい癖で魔法を使っちまうのは分かるが……、ちょっとは意識して改善しろよお前ら!

 魔法を使えば使うほど、赤ん坊が生まれてくるんだぞ!?

 お前らで面倒を見れるのか!? 食費問題は、まだ解決してねえんだぞ!?!?」


 敵の飛空艇が次々と落ちていく。

 順調に撃墜しているが、それは魔法があってこそだ。


 使うな、と言われて従えば、戦闘は長引いていた。なかなか落ちない敵に苛立った幹部を始め、部下の魔族たちが魔法を使い、手早く敵を処理している――

 おかげで危機は去ったが、魔法を使ったことで生まれてくる赤ん坊は、魔王城にとっては敵襲よりも痛い危機だ。


 原因が魔王だから、こっちの都合で敵のように処理することもできないし……。



「……どうして『新魔法』なんて試しちまったんだろうなあ……」



 一年前。

 魔王は新しく開発した魔法を、部下全員にお披露目したのだ――

 デモンストレーションである。


 その魔法は高威力で、広範囲に攻撃ができる、逆転の一手として利用するつもりだった。


 扇型に広がる虹色の魔法攻撃……、その魔法を使用したら――上空の暗雲を消し飛ばし、海に大穴を開けた――威力は申し分なかった。


 ただ問題は。


 同時に、七人の赤ん坊が、空から落下してきたのだ。



 それからだ……、魔王城にいる全員が、例外なく、魔法を使えばようになったのは。


 魔王の勝手な推測だが、魔法を使用した時の魔力の残滓が、生命として赤ん坊になるのだろう……、開発した新魔法には、恐らくそういった代償があったのだ――。


 おかげで魔王城は一時期、赤ん坊だらけになった。


 成長速度が早いのが幸いし、今では少年少女、早い者は大人となり、魔王の部下として城で働いているが……、その部下たちも魔法を使えば赤ん坊を生み出すようになってしまっている……――悪循環だ。永久機関なのか?


 そのため、魔王は部下に、「魔法の使用は禁止する」と命令を下した。


 戦力が低下するのは避けられなかった……

 だからこそ、空賊がラッキーパンチを期待して襲ってくるようになったのだろう。


 早く、この代償を取り除きたいものだが、デモンストレーションで使用した魔法にそういう効果があったとしか考えられない……――しかし、魔王の意図していない効果は、どこがどうバグってこういう結果になったのか、分からない。


 魔法式を分解してみても、間違いを見つけられないのだ……、原因が分からない。


 となれば、対処のしようがない。


 調べるためにまたあの新魔法を使うのは躊躇われる……、今度は一体、どんな弊害が出てくるのか。高威力を実現するために、術者や仲間の命を削る代償を回避したせいか?


 そのせいで、奪われるのではなく、与えられるという代償が魔王を苦しめて――



「……また赤ん坊の泣き声か」


 椅子に座って頭を抱える魔王を現実に引き戻したのは、赤ん坊の声である。

 誰かがどこかで、私利私欲のために魔法を使ったらしい。

 戦闘中ならまだしも、戦闘でない時に赤ん坊が生まれることはないだろう……。

 魔法は使用禁止である。


「まあ、これだけ増えたら一人くらい増えてもばれないでしょ、なーんて思ってる人が多いんでしょうね。魔法禁止もばれなければいいでしょって感覚ですから。

 魔王様の耳の良さをなめてる部下が多いんですよっ、不正をすれば魔王様は聞き分けられるのに!! 別の赤ん坊の泣き声です! なんて誤魔化そうとする魔族が多くて困りますよね!」


「そういうお前だって経験済みだろ。お前もちょくちょく、魔法を使っているな?」


 魔王側だった少女は、実は裏で不正を繰り返していた……知ってはいたけれど。


 確かに、これだけ増えれば、一人も二人も変わらないが……

 全員がそういう考えだと、一瞬で百も千も増えるだろう……。

 塵も積もれば山となる――。


「はい……すみません」


 しゅん、と落ち込む少女……、しかし彼女はきっと繰り返す。

 反省の色が見えない、演技臭い落ち込み方だ。

 魔王はもう、諦めているので指摘はしなかったが……。


「まあ、後継者に困らない、という面もあるか」


 まだ若い魔王からすれば、まだまだ、後継者のことなど考えることもないが。


 それに、赤ん坊は成長する。

 赤ん坊が増えると世話に困るが、自立してしまえば戦力になる……、この場に留まるもよし、自立して魔王軍の別動隊として働くもよしだ。

 魔王軍の規模の拡張と考えれば、損にはならない永久機関でもある。


 それに、なによりも。


 魔王城の全員が、赤ん坊を育てる経験を積めたことが最大のメリットだった。


 血生臭い男たちでは、普通に生きていれば絶対に経験できなかったことである。


「最悪、オレが倒されても部下は全員、子守としての就職先があるからな……

 そういう意味では安心だな」


 どうにもできない望まない状況なら、意味を与えてしまえばいい。


 意味さえあれば、現状が損であるとは考えなくなるのだから。



「え、じゃあ――魔法は使い放題!?」


「ざけんな! そんなことし出したら、魔王城がパンクするだろうがッッ!!」



 ―― 完 ――

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