アンデッド・トラブル
「
しかも、そろそろ昇進のお話もきているみたいじゃないですか」
「誰だね君は」
「
踏切のど真ん中だった。
目の前に女子高生がいたから、正義感で「こんな遅い時間になにをしている」とでも聞こうとした矢先だった。言うよりも早く指摘された。
「こんなところでなにをしている、不死者が」とでも言いたげに――。
相手が不死者ハンターなら、「なんだねそれは。私はそんな存在ではないよ」と言ったところで、無駄な会話になるだろう。無駄な会話は時間の無駄だ。効率化を率先して意識している会社員が、無駄な質疑応答をするのは後輩に示しがつかない。
だから認めた。素直に。
「そうだが。不死者だったらなんなのだね? 私自身が一度『死に』、しかし死なない体であったことが発覚しただけだ。誰の迷惑にもなっていないではないか。
不死者ハンターだかなんだか知らないが、そちらの都合にこちらを巻き込むのは、人としての道を踏み外しているのではないか?」
不死者が言う。
生者の道を踏み外した、死者が。
「不死者を殺す方法が、君たちにはあると言うのかね?」
「殺さずとも、捕まえて箱に詰めて保管しておくだけで無力化はできますが……、これこそ人道を踏み外しているやり方ですねえ。わたしたちでさえドン引きするやり方です。
箱に詰めて保管するくらいなら、殺してやりたいですよ――」
「だが、私は死なない。不死者だから――諦めるんだな、不死者ハンター」
「どうしてわたしたちが『不死者ハンター』と呼ばれているのか分かりますか? 分かるでしょう? できないことを屋号にするわけないじゃないですか。
できるんですよ、不死者を『殺す』やり方が」
「…………不死者は殺されることはないが、自殺ならできる……
それのことを言っているのか?」
「おっ、ご名答」
踏切の警告音が鳴り響く。
時間的に、今日の最終だろうか。
「……渡り切ってしまおう」
「そうですね」
不死者が背を向け、不死者ハンターが後を追う。
背後を警戒していたが、不死者ハンターがここで手を出してくることはなかった。
少し長い距離を渡り切った後、踏切のバーが下りてくる。
そして、最終の電車が通過し始めた。
周囲が薄暗いのでよく見えなかったが、通過する電車のヘッドライトで初めて、彼女の顔がはっきりと見えた。
並んでいる女子高生……、少し古臭いセーラー服。
腰まで伸びた黒髪の女子高生だ。
剣道部員がよく肩にかけている、竹刀袋のような荷物があるが、恐らく中身は竹刀ではないだろう……もっと殺傷能力が高いものだ。
刃があるだろう。
日本刀……?
そして、彼女の顔はとても白かった。
不死者よりも死者っぽく――
死化粧にも見えた。
「えい」
と、まるでイタズラでもするように(彼女からすればそうなのだろう)、女子高生が会社員の背中を押した。
軽くだったが、彼女の力は成人男性をバーの内側まで押し出すことが、容易にできていた。
おっとっと、ではなく、転がるように会社員が通過する電車の車輪に巻き込まれた。
中間車両なので、運転士は気付けない……――車輪に巻き込まれ、車両の真下で跳ね回る塊が、電車の通過と共に線路に残る……――バーが上がる。
切断、変形、血塗れになっているその塊は、数秒後、人の体を取り戻した。
肌色が多い、成人男性である。
「……スーツが破れたじゃないか、どうしてくれるんだ……ッ」
「スペアはないんですか? だとしたら大人としてどうなんでしょう? こういうことになるかもしれない、という想定はしておくべきだと思いますけどねえ。
トラブルを先んじて潰すことに終始しているから、実際に起きた時のフォローの手段がないんですよ……、お勉強になったのではないですか?」
「……まあ、一理あるな」
「一理だけ? よその知識を仕入れるのは、プライドが許しませんか?」
くすくす、と女子高生が笑う。
可愛らしい顔で笑うが、勘違いしてはならない。
こいつは人を線路へ押し出した悪魔である……悪魔であって、不死者ハンターだ。
「わたしが押したことで、殺意があなたに伝わってしまった……だからこそ、不死者は不死者でいられたんですよね――
ですが、これがあなたの意思で車輪に巻き込まれにいけば、不死者は不死の効果を発揮しません。不死者は死なないことが幸せなのに、死ねないことが不幸になっては本末転倒ですからね。先祖の、そして種族としての最大の
「多様性だ」
「なるほど、多様性」
「……どうして不死者ハンターは不死者を殺す。いや、自殺に追い込もうとする。なにも迷惑などかけていないはずだ。
どちらかと言えば、社会に溶け込み、良くしようとしているではないか。不死者の社会を作りたいと思っているわけではない……、仮にそうだとしても、なにが悪いのか私には分からんな」
不死者が生きていていも害はないはずだ。
だが、
「善意しか抱かないのであれば」
「…………」
「不死者でなくとも悪意があれば厄介なのに、悪意を持つ不死者が増えたらどうなりますか? 死なない犯罪者。兵器が抑止力にならない。罪も罰も、不死者にとっては一瞬で、一切のダメージを負わないではないですか。
最初に言ったように、箱に詰めて保管してもいいですが……そこまで持っていくまでが難しいんですよ。箱に詰めるまで苦戦する相手は、箱に詰めても出る手段を持っていますからね」
「……私は善人だが?」
「善人であることを自覚している善人は信用できませんね」
「確かに、善人ではないだろう。小さな悪事なら、繰り返してきてはいる……、それでも会社の中と周辺でだけだ。
後輩いじり、上司の隠蔽工作をさらに上へ報告したり、仕事をしていると言いながらサボったり、仕事で遅くなると妻に伝えて飲み歩いたり……、だが、それだけだ。
それだけのことを咎められるのか? しかも、その罰が『処刑』なのか?」
「処刑ではなく、自殺ですけどね」
不死者がゆっくりと目を瞑る……会話に意味がないと悟ったのだ。
「……私が自殺をする――と、本気で思っているのか? この幸せ者のっ、私が!!」
「それをさせるのが、わたしたち不死者ハンターなのですけど……」
不死者ハンターが、肩にかけていた袋を落とし、中身を取り出す――
やはり中身は日本刀だった。
そして、素早い動きで、一閃!
不死者の腕、足が斬られた。不死者が膝をつく。
「だから、私は死なないと――」
「痛みに慣れてしまったのですか? 痛みを感じない体になっているとでも?」
そこで不死者が気づいた。
不死者であろうと痛みはある。車輪に巻き込まれた時も、痛みはあった……――まあ、限度を越えれば痛みなどないようなものだが……
刀で斬られたら、認識できる痛みのはずだ――。
しかし今の一閃に、痛みを感じなかった……?
まるで、痛覚神経まで斬られたように。
「これが技術か……?」
「強いて言うなら、呪術でしょうか」
「呪術……?」
「特定の人物を呪う……『呪いの人形』などが良い見本でしょう。人形を媒体にし、釘を打てば、繋がっている本体(もしくは別人)に痛みを与えることができる――。
これを利用し、あなたという
すると、男のスマホが着信を知らせた。
妻からだった。
まさか、と戦慄する不死者が電話に出てみれば――
『あなた!
妻の叫びに、落ち着いて、と優しい声をかけ続け……、急いで救急車を呼ばせる。
恐らく、不死者が感じるはずだった痛みが、娘に届いたのだ――。
「――なぜッ、娘なんだ!?」
「だって、同じ血を持っているわけですから……。親か娘か、あなたを媒体にして痛みを与えることができるとしたら、近い肉親しかいないんですよ――だから自然と娘さんになりました」
「だからって――ッ、娘は、ランドセルを背負い始めたばかりなんだぞ!?!?」
「背負ったなら、人質になりますよ。
赤ん坊だとこっちも躊躇しますけど、小学生なら――範囲内です」
不死者の血を継いでいる娘なら、不死の能力を持っているかもしれない……だとしても。
理解していない娘本人は、痛みに苦しみ、自殺を考えるかもしれない……。
そうなれば不死者は死んでしまう……死ぬことが、できてしまう。
「……私が、死ねば……娘は助かるのか……?」
「当然です。それしか、娘さんが助かる術はないですよ」
「…………」
不死者を殺すやり方。
痛みに慣れ、死なない不死者を自殺に追い込むやり方は――
大切な肉親を、人質に取ること。
それは、人でも不死者でも、変わらない。
「種族は違えど、変わらないやり方が一つや二つ、あるものですよ。
種族の特性? 能力? その隙を突くのもいいですが、結局、あらゆる種族に共通する最大最悪の手段を選ぶのが手っ取り早いですね……――人質。
それを苦にしない天涯孤独こそ、最大の敵ですが、その人たちを相手にする場合は、また別のやり方があります……必勝法は分散していますから」
不死者の心臓に突き立てられた日本刀。
それは、彼が自身で突き刺したものだった。
自殺。
初めて、彼は死ぬことができた。
「さて、これでお仕事は完了ですね――ただ、」
嫌な予感がした不死者ハンターが、不死者のスマホを拾い上げる。
いや、もう死者なのだけど。
嫌な予感が当たっていた……。
家族に伝えられていたのだ……『父の敵はこいつである』、と――。
隠し撮りをしたのだろう、鮮明に、『彼女』の顔が映っている写真が、不死者の妻、そして娘に伝わったはずだ――。
いずれ、成長した不死者の娘が、父の敵を討ちに、やってくる――
だとしたら。
「悪意を持った不死者なら、迎え撃ってあげますよ」
―― 完 ――
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