ショートカット:SADA-CO

「――頼む! お前、こういうの得意って言ってたじゃんか――

 今度、好きなもん、なんでも買ってやるから、最後まで見るだけでいいんだよ!!」


「でも、呪いのビデオなんでしょ?」


「ああ、そうだ……怖過ぎて、最後まで見られないんだよ……っ。

 俺らじゃ無理だったんだ……だからお前しかいねえ! ビデオデッキも貸してやるから――テレビはあるよな!? なければそれも持っていってやる!」


「そこまではいいよ…………はぁ、分かったよ。見るよ、見ればいいんでしょ? 呪いのビデオなんて、どうせ人が作ったものなんだから、なにも起きないと思うけど……。君たちこそ、ホラー系が好きで内容を知りたいのに、最後まで見られないって、どういうことなの?」


「ホラーを信じているからな、たとえ人を怖がらせるために作られたものだとしても、人の意志があれば、『呪い』はビデオに宿るって信じてるんだ……。

 とてもじゃないが最後までは見られない……。最後まで見たら……――ほんとにテレビから出てきそうな『リアル』さがあるんだよぉ!!」


「そんなわけないでしょ」


「だから図太い神経をしているお前に頼んでるんだろ!? 見るだけでいいから――明日の朝、迎えにいく。マジでヤバいことが起きたら、全力で逃げろ!!

 楽観視している奴にこそ、霊は牙を剥くんだからな!!」


 と、ホラー映画繋がりで知り合ったヤンキーの友達に、ビデオとビデオデッキを押し付けられ、一人暮らしのアパートに帰ってきた。


 ビデオテープなんて久しぶりに見たな……、最近は、というか、早々に我が家はDVD派だったから、ビデオテープを使っていた時代は短い。

 なので存在を知ってはいるけど、実際に使った記憶は朧げどころか、ないんじゃないか?

 そういうレベルの距離感だ。


 まだ使えるのか? ……そりゃ使えるか。

 呪われていなければ。


 ヤンキーの友人はあえて、DVDではなく、ビデオテープで見ている映画もあるのだそう。ちゃんと家にはブラウン管テレビもあって……、そっちの方が雰囲気が出るらしい。

 そこまで整えるほど、ホラー映画 (映像)が好きなのに、得意ではないのは好きだからこそなのか、勿体ないのか……。

 ホラー映画をたくさん見ているけど、結末は知らない、知りたくないと言っている珍しい人である。やっぱり喧嘩が強いヤンキーでも、幽霊は怖いのかな。

 拳が当たらないから……喧嘩で場を収められないのは、彼からすれば最強なのかもしれない。


「最近のテレビに繋げられるのかな……」


 規格が違うとか、今更やめてほしい……。別に問題が起こって見られなかった、と言ってもいいけど、それを『逃げ』と捉えられるのは嫌だ。

 ……今回の報酬で焼肉食べ放題が彼の奢りになるのだから……意地でも最後まで見てやる。


 ホラー映画が怖いのは当たり前だ。

 ホラー映画に限らず、恋愛映画ならドキドキさせる、バトル映画ならハラハラさせる、ミステリ映画ならソワソワさせる……、プロが狙って、最高の技術で人の感情を動かそうとしているのだから、手の平の上で転がされて当然だ。

 だからホラー映画を見て怖がるのは当たり前である。


 僕は別に、怖がらないわけではないのだ……、作りものだって分かっているから。

 どう怖がらせてくるのか、自分がどう怖がるのか、それらを分析しながら見るのが好きなのだ。それは作りものであることを前提で見ていなければ楽しめない方法で……――呪いのビデオは怖がらせるパッケージであり、本当に呪われているわけではない。


 ホラー映画を呪うって、幽霊からすればベタ過ぎて避けるのでは? と思う。


 逆に子供が見るような、低年齢向けの映画を呪う方が、意外性があって怖がらせられると思うけど……、遊園地の着ぐるみマスコットが、包丁を持って血だらけになっているとかね。


 鬼が同じ格好をしていても、そりゃそうじゃん、と怖さも減る気がする……。


 まあ、幽霊がいたとして、人を怖がらせるために呪っているのかは分からないけど。


 幽霊じゃないから、動機なんて知らない。



「――さて、じゃあ見てみるか」


 映った映像は、さすがビデオテープだけあって、粗い。DVDと比べてしまっているからだろう……、当時としては普通だったはず。

 だからこれを粗いと言うのはちょっと違うんじゃないかと僕は思うわけだ。

 故障しているわけではないし……演出か。


 しばらくしてから、奥の方に井戸が映った。


 そして、ゆっくりと這い出てくる、長髪で黒髪の女性……これは……よく見る映像だ。

 どんどんと近づいてきて、画面から出てくるかも――と思わせる恐怖体験。


 でも実際、出てくることはない。

 もしかして、押し付けてきた彼は、これを最後まで見られなかったのか?


 出てくるわけないじゃん――、仮に出てこられたら、だって、呪いのビデオというか、自宅のテレビも凄いってことになる。だってこっちは呪われていなかったわけだし……。


「薄型テレビだけど、もしも出てこれるなら……大丈夫かな、もしかして、出づらい?」


 ゆっくりと、地面を這って近づいてくる。


 今更だけど、女性なんだっけ? 〇子だから、女性か。『子』がつくから女性というのも、イメージに引っ張られ過ぎてる? 最近ならともかく、昔に作られた映像なら、昔の風習に則っているわけで……じゃあ女性か。


 男性にも『子』と名付けてもいいのでは? という流れは最近のものだ。


 ビデオテープに反映されているわけもない。


 やがて、長い時間をかけて近づいてきた髪の長い女性が、画面に辿り着く。


 そして、指が、薄型テレビの枠を、手前側にはみ出し――はみ出し?


 テレビの前に並んでいた食玩が、テレビからはみ出した彼女の指に弾かれて、落ちた。


 ……出てきた。

 マジで〇子がテレビの外に出てきたぞ!?!?


 頭、上半身、そして下半身が――うわ、夢じゃないよな!? 現実だ――

 長い髪の女性が僕の部屋にいる……、潔癖症だったら最悪だよ。

 お世辞にも綺麗とは言えない姿で、部屋に土足で上がってくるとか……女性だとしても本気でつまみ出したい気分だが、それよりも気になるのが――髪だ。


 呪いとか、テレビから出てきたとか関係なく、その鬱陶しい髪が気になる。


 気になるというか、腹が立つ。

 人のことなのに自分のことのようにイラっとしたので――


 立ち上がり、棚の上にあったハサミを持ち出して――、一発、切ってやった。


『あ、ぁあ……――』


 彼女がなにか言っていたが、聞き取れない。

 ガラガラ声で、よく分からなかった。


 まあ、仮に聞こえていたところで問答無用だが。

 この際、床に散らばる髪はお咎めなしでいい……、あとでまとめて掃除してやる。

 土足で上がった段階で、床の全面掃除は確定したのだから、髪の一本や二本――、一房二房、落ちたっていいんだ――。


 ハサミを入れる。

 大胆に、最初はテキトーに。

 これくらい豪快にやらないと、全然、顔が見えてこない……。


「危ない! ……嫌だったらごめん。だけど君のためにも、この長さは良くないよ。どうせ伸びるんだから、一度バッサリと切るくらい、いいじゃないか。

 ハサミを前にして動いたらダメだよ、刃が目に入ったらどうするんだ」


 彼女は素直に言うことを聞いてくれた。

 ざらざらした手を、僕の手から離し……、

 床に両手をついて、頭を垂れている……おとなしい。意外と従順なのか?


 じゃきじゃき、と数分、髪を切り続ける時間が続き――やっと顔が見えてくる。


「………………なんだ、可愛いじゃん」


 長い髪の中から出てきた顔は、十八歳くらいの女の子だった。


 白が似合う美少女である。もう少し上の女性を予想していたから、予想外と意外性で良く見えているだけかもしれないけど……だとしても綺麗な子である。


 雑誌の表紙を飾れそうだ。


 ある程度、短く切ったので……さて、ここからどうする?

 僕の手で切るにしては、腕前が全然足りない。

 この顔を、僕の腕でもったいない仕上がりにはしたくないので――うん、決めた。


 明日、この子を美容院に連れていこう。


 そして、一番似合う髪型にしてあげるんだ。


「――そういうわけだから、とりあえずお風呂に入って、もう寝たらどうかな?

 それとも一回、テレビの中に戻る?」


 幽霊だとか心霊現象だとか、もうどうでも良かった。

 恐怖なんてどっかにいってしまった。

 美少女が出てきて、どうこの子を輝かせてあげようか、そればかりが頭を占めている。


『……ぁ』


 喉が渇いた? そう訴えている(……かも?)少女に、スポーツドリンクを渡す。

 水だけじゃ足りないだろう、塩分や糖分も取っておくべきだろうね。


『……あ、の……』


「どうしたの?」


『も、戻れないん、です……』


「え、テレビの中に?」


 手の甲でテレビの画面を叩く。こんこん、と硬いままだ。


 さっきまで、まるで水面のように波紋ができていたのに……

 彼女が外に出たら、元の硬さに戻ってしまったらしい。


 彼女が触っても、変化はなく……。

 テレビの外に出た彼女は、あの井戸の場所まで、戻り方がなくなってしまった、のか……?


『実在する、場所なので……、帰ることはできます、けど……』


「電車を使って、長旅をしなければいけないってことか……いいよ、じゃあ、ここにいなよ」


『……はい……あの、お世話に、なります……』


 きちんと正座をして、頭を下げる少女……

「不束者ですが」とでも言うのではないだろうか。


 短い髪の毛に落ち着かない彼女が、きょろきょろと部屋を見回して……――あ。


「お腹、減ってる?」


『……大丈夫です』


 しかし――、ぐう。

 と、彼女のお腹が鳴った。


「いいよ、作るよ。簡単なもので――スクランブルエッグでも作るか」


 キッチンへ向かう。彼女も立ち上がろうとしたけど、「座ってな」と言って制止する。

 狭いキッチンの後ろをうろうろされても困るからな……。

 だからと言って、這ってきていいわけじゃないぞ?


 さてと。

 料理をしながら、ふと気づいたことを――当てはめてみる。


 でも、たぶん、偶然だろうけどなあ……――しかし、言わないままではいられなかった。


「髪を短くしたから……もしかしてテレビの中と外側を、『ショートカット』できなくなったのかな……?」


 短くしたからできるようになったのではなく、逆というところがまた天邪鬼だ。


 もしかしたら。


 それこそが、彼女にかかった『呪い』なのかもしれない。



 ―― 完 ――

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