魔法少女≪逃亡≫【後半戦】

「うぇ……。ふう……良かった、まだなにも食べていなくて……」


 激しい嘔吐感に、顔面が蒼白になる。

 胃の中になにもなかったからこそ、きらなはすぐに復活できた。

 未だに膝をついていたら、足下にいた口に食べられていたはずだ……。


 空には右手。真下には口。


 そして腕時計を見る。……まだ五分も経っていない。


「……こんなの、最後まで持つの……?」


 こんな状況が初めてではないが、それでも絶望する力量差だ。

 せめて、今回の化物の全貌だけでも、見ることができれば……。


 まだ相手がどういう規模で、どういう見た目をしているか分からない。

 右手や口は見たけれど、それはパーツの一部だ。

 全貌ではない……残りは、どこに。


 すると、銃声が響いた。


 聞き慣れたこの音は……


「れいれちゃん!!」


 相棒である、雨谷あまがいれいれの魔法マジック武器アイテムだ。


 きらなが『ナイフ』で、れいれが『銃』である。

 自然と、近距離と遠距離の役割分担ができている。


 きらなが駆け回って、敵の情報を開示させていく。

 遠くから観察していたれいれが敵の弱点を見つけ、撃ち抜く、というのがいつもの作戦だが……(もちろん、撃ち抜いても退治できないのが化物である)――こうして分断されてしまうと、いつもの流れが作れない。

 きらなが苦戦しているということは、れいれも同じく苦戦しているということだ。


 聞こえた銃声が、隙を見つけて撃ったものならいいけれど……。

 追い詰められた末に、一か八かで撃ったものであれば、その音はれいれの救難信号である。


 きらなは狙われることを覚悟して、高いビルの屋上まで移動した。

 危機に陥っているれいれを見つけ――



「見つけた」



 その呟きはきらなではない。

 れいれだった。


 銃声。

 青い弾丸が、きらなの瞳を撃ち抜いた。


「え……?」


 青い弾丸が真上へ上がる。

 きらなの眼球を撃ち抜くことはできなかった……、きらな、の?


 きらなの眼球を包むように、一枚上に薄い膜があったのだ……、それが化物の『目』として機能していた。

 きらながどこへいこうと居場所が割れていたのは、きらなが見ている景色と同じ景色を、化物も見ていたからだった――

 だから敵の眼球を撃ち抜いてしまえば、位置がばれることはない。


 同時に、


 悲鳴が上がる。


 近くにいるのに、遠い山の向こうから聞こえてくるような……。

 それでも力強さがある。


「どうせ、もう片方は私の目に隠れている……でしょ?」


 青い髪を揺らしたれいれが、握る銃の銃口を自身の瞳に向ける。――右目だ。

 ……正直なところ、ここは賭けである。

 化物が左目にいた場合、自分の右目を撃ち抜くことにはなるが……、とは言ったが、それだけだ。二つあれば片方が正解だ。

 不正解を引いたなら次に引く方が正解である。損はするが、無駄にはならない。


 正解か、不正解か。


 さて、どちらを引く?


 ひとまず引くべきは、目の前の引き金だったが。


「目を潰せば、時間稼ぎが楽になる……。制限時間前に結界を抜ける以上、私たちの破損は直らないけど……、魔法少女でいる限り、『代わりのもの』が用意されるの――

 怖がる理由はないのよ――」


 銃口が、れいれの右目に密着する。


「右手、左手、口……足も、どこかにいるんでしょ。耳も鼻も、全てのパーツが外にいる。だからこそ、目もどこかにあると思わせておいて――

 私たちの目に覆い被さっているとは思わせないミスリード……。私たちが困ることを想定していたみたいだけど、残念だったわね。

 こっちはこっちで、百戦とはいかずとも、それなりに場数を踏んでるの。三十分もあれば――いいや、この程度の仕掛けなら、三十分もかからずに解き明かすことができるわよ――」


 そして。


 引き金が引かれた。


 撃たれたれいれの右目は――




「楽だったわね……ねえ、きらな?」


「分からなかったよ!

 れいれちゃんが解いてくれなかったら、たぶん、わたしは脱出できなかったと思う……」


「とか言いながら、毎回、なんだかんだでギリギリ間に合ってるじゃない。

 きらなはあれよね、テストで良い点数を取っているのに、終わった後で『やばいやばい……っ!』って顔を青くさせるタイプよね」


 結界から脱出して。


 れいれときらなが、無事、平穏に戻った現実世界で一息ついていた。


 沈みつつある夕日に照らされながら、自販機で飲み物を買う。


「――はい、きらな」

「ありがと。……フルーツオレがまた飲める現実に戻ってきたぁ」


「私も、カフェオレが飲めるここに戻ってこれて良かったわ」


 れいれが、右目の異物感に顔をしかめる。


 引いた方は正解だったが、弾丸を受けた時の衝撃が、れいれの瞳にも伝わったのだ。

 視界は鮮明クリアだ、特におかしなところはないが……。

 たまに奥の方が鈍く、痛くなる……眼精疲労みたいなものだろう。


「……れいれちゃん、大丈夫?」

「問題ないわ。もしもあれば……ちゃんと診てもらうから」


民美みんみちゃんに?」

「……あの子のことは考えていなかったわ」

「早く仲直りしなよ」

「仲直り? そもそも喧嘩していないもの」


 手に持つ缶を一気飲みした後、空き缶をゴミ箱に捨てる。


「いくよ、きらな」

「え、待ってよ! まだ飲み終わってな、」


「もういくからね」

「待って待って! すぐに飲むからまっへへ!!」


 慌てるきらなを置いて、れいれが歩き出す。


 魔法少女――


 誰にも知られない、二人だけの戦いが、今日もやっぱり、人知れず終わっていた。


 この激動の生活が終わるまで――


 そこに制限時間タイムリミットはない。



 ―― つづく? ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る