月の狼
阿久 朱美
変わり者
また、李を投げつけられた。腐って変色したそれは、俺の頭にぶつかり、強烈な悪臭を放って足元に落ちた。
人気のない道を選んで通っているつもりだったが、それでも村人達は俺を見つけては腐った果物をぶつけた。
「醜いコボルトが」
「さっさと出ていけ」
「死ね」
村人達は口々にそう言った。二十年近く浴びせられ続けた罵声にも、投げつけられてきた果物にも、もう慣れてしまった。俺は足元の李を一つ持ち、そのまま村の正門へ向かった。
正門の西側の大きな柱の影に俺は立った。すぐ近くの建物は空き家で常に薄暗く人は寄り付かない。その為、俺は決まってここで魔術を使うのだ。
「イーリン」
小さく呪文を唱え、俺は衣服や身体についた果実を消した。また仕事か。とため息をつくと、上から声がした。
「魔法使えるの?」
見上げると、そこには灰色の狼のような姿の半人半獣の男が笑っていた。
「や……」
コボルトが魔法を使うのは魔術師達を愚弄するのと同意である為、それを見られれば罰せられる。
俺が戸惑っていると、彼は矢倉から飛び降りた。
彼は近くに着地すると、俺を見て言った。
「ねぇ、僕に魔法を教えて」
「魔法を教わるなら、別の人に頼んだ方がいいよ……俺は、使えないことに……」
「魔法で、月に行きたいんだっ」
彼は両目を輝かせて空を指した。俺はため息まじりに答えた。
「魔法学校の教師とか、有名魔術師なら知ってるかもね」
俺はさっさと門番専用の部屋に入った。彼はついてきていた。
「……部外者は入れないんだけど?」
「部外者じゃないよ。僕も、門番する衛兵だから」
彼は門番や衛兵である証のブレスレットを見せた。それが本物だとわかった俺は、盛大なため息をついた。
この村には、変わり者がいる。彼は毎晩空を見て、不思議な独り言を話すのだ。彼は、半人半獣の獣人とよばれる種族で魔法は使えない。それなのに、魔術を教えてくれと魔術師達を困らせている男。名前はアランといった。
「こいつだったのか」
俺が呟くと、アランは不思議そうに俺を見た。俺は知らぬ顔をして視線を反らした。
俺とアランは、門の大きな柱の前に立った。静かだと思ってアランのいる西側を見ると、彼は黙って空を見ていた。
「……月が好きなの?」
俺がそっと聞くと、アランはこちらを見て笑って答えた。
「好き。星も好き」
「何で?」
「綺麗だし、誰のものでもないから」
彼の言っていることがよくわからなかったが、俺は空を見た。
「綺麗、だね」
醜い俺が言える台詞ではないかと思っていると、アランは笑って言った。
「でしょ?」
俺は笑って頷いた。アランは笑って視線を空に戻した。俺も視線を空に向けた。
その日の月は、やたら綺麗だった。
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