ひまわり畑

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本文

 夏休みに入って、ボクとお兄ちゃんはおじいちゃんの家に遊びに行った。田舎は広くって、どこまで走っても怒られなくて、車も通ってないから堂々と道の真ん中を歩ける。


 午前中は虫とか魚とかを捕まえて、お腹が空いたらおにぎりを食べて、おやつにはスイカを食べて、午後はかくれんぼして遊ぶことにした。おじいちゃんの家は三階建てだからやりがいがあるけど、まだ外で遊んでいたかったから、お兄ちゃんと一緒に外に出た。砂利道を歩いていると、坂の上に開けた場所があった。


「ねぇお兄ちゃん、あそこ」

ボクは黄色いものを指差す。


「あ、ひまわり畑だ」お兄ちゃんが考えていることは多分ボクと一緒だ。顔を見合わせて笑う。


「次はあそこでかくれんぼしようよ」って言ったら「でも、あそこは入っちゃいけないってお父さんに言われてるだろ」って言われて、そういえばそうだったなって思い出した。大人はずるい、子供はなんでもかんでもやっちゃいけない、入っちゃいけない、そればっかりだ。


 森も川も行ったばかりで他に良さそうな場所もないし「ちょっとくらいなら大丈夫だよ」ってボクはお兄ちゃんの背中を押した。迷った末に「まぁな。誰も見てないし、誰か来たら謝ればいいだけだもんな」とお兄ちゃんは遊ぶ気になってくれた。


 ボクがオニになって、お兄ちゃんが隠れる十秒を数えてひまわり畑に入っていった。正面から見たら長かったのに、奥は三列くらいしかなくてすぐ田んぼに出ちゃった。おじいちゃんが野菜を育てている場所だ。なんだがっかり、もっと広いと思っていたのに。


「痛っ!」


 戻ってお兄ちゃんを探していると、何かにつまづいて転んだ。膝を擦りむいて痛いけど、それよりも土からひょっこり見えている白いもののほうが気になった。なんだろうと思って掘り返してボクは悲鳴を上げた。


 ボクと同じくらいの背丈の子の骨だった。お腹の部分からひまわりが咲いている。掘ったら掘った分だけ頭や手の骨が出てきて、ボクは入っちゃいけない理由を知った。早くお兄ちゃんにも知らせなきゃ。


「お兄ちゃん、ここ変だよ戻ろう」


 ひまわりの波をかき分けて、震える声でお兄ちゃんを呼ぶ。返事がない。もうかくれんぼはおしまいにしようって叫んでも、アブラセミのうるさい鳴き声しか聞こえない。


 砂利道に出ると、お兄ちゃんがぼうっと空を見上げて立っていた。息を切らせて駆け寄ったら、なんだかおかしい。様子が変だ。酔っ払ったお父さんみたいにゆらゆら揺れている。違うのは、周りのひまわりに合わせて動いていることだった。


「……お兄ちゃん? どうしたの?」


 お兄ちゃんはだらんと口を開けて太陽を見ている。直接見たら眩しくて開けていられないはずなのに、怖いくらい目を見開いたままで、声をかけても叩いてもうんともすんとも言わない。


「もう帰ろうよ、お父さんとお母さんが心配するよ」


 揺さぶっても引っ張ってもどうにもならなくて、力づくで引きずって帰ることにした。


 家に戻っても、夕飯を食べてもお兄ちゃんは上の空のままだった。お父さんもお母さんもおかしいことに気がついている。ボクは怒られたくなくて、そっと抜け出した。天井裏に隠れていると、ガタガタはしごが揺れた。隅っこで丸まっていると、おじいちゃんが上がってきた。


「坊、ここにいたか」

「おじいちゃん……」ボクは涙声になっていた。

「お兄ちゃんに何があったか言ってみなさい、おじいちゃんは怒らないから」


 ボクはおじいちゃんにお兄ちゃんと一緒にひまわり畑に入ってしまったこと、かくれんぼをして遊んだこと、つまづいたところを掘り返したら骨からからひまわりが生えていたことを、全部全部喋った。

 お兄ちゃんがああなっちゃったのはボクのせいだと思ったらぼろぼろ涙が出てきて、最後の方はただただ泣いているだけで、言葉にならなかった。


「そうかそうか、そうだったか」


 おじいちゃんは怒らずに、ボクの頭を撫でてくれた。許してもらえたのかな。


「坊、男っちゅうのはな、責任をとらんといかんのじゃ」


 低い声になったおじいちゃんはポケットからひまわりの種を取り出すと、さっきまでの優しかった手でボクの頭を抑えて、無理矢理口に種を入れた。


「食えっ!」


「いやら! いやらよ!」


 ボクは飲み込んでしまわないようにベロで必死に種を押し戻した。零れたのをもう一度拾って、おじいちゃんはボクの口に種を入れる。どうしてそんなことをするのかわからなかった。


「いやら! たすけふぇ!」


 大声で叫んだらお父さんとお母さんがきたけれど、おじいちゃんを手伝って、歯医者さんにかかる時みたいにボクを押さえつけて種を食べさせようとしてくる。


「ごめんな」

「ごめんね」


 お父さんもお母さんもおかしくなっちゃった。なんで泣いているの、泣くくらいなら助けてよ!

 ボクは暴れているうちに種を一つ飲み込んでしまった。吐かないように口をうんと押さえつけられて、そのままおじいちゃんに担がれて外に出された。


「んーっ! んんーっ!」


 どこに行くんだろう。降ろして、怖いよ、もうひまわり畑に入らないから許してって言いたかったけど、口を開けられない。飲んじゃった、種を飲んじゃった。気持ちが悪い。


 おじいちゃんはひまわり畑にボクを投げ込むと「あの子を返してください、代わりにこの子を連れて行ってください」と一番大きな花に向かって手を合わせ、同じこと三回言ってパンパンと手を鳴らした。そのまま振り返らずに戻っていく。


「待って、待ってよおじいちゃん!」


 ようやく口が開けるようになったボクは、おじいちゃんを追いかけようとしたけれど、ひまわりに邪魔されて追いつけない。同じようなところをずっとぐるぐる回って、田んぼにも砂利道に出られなくなってしまった。なんで? ちょっと歩けばすぐ出られるくらいしかないはずなのに。


「おじいちゃん! お父さん! お母さん! 捨てないで、置いていかないで! もう悪いことしないから、約束破らないからぁ!」


 どれだけ泣いても、道には戻れなかった。目が痛んで、涙がひまわりの種になっていることに気づいたときには、ボクの体は緑色に変わっていた。


「うわっ! なんだこれ!」


 驚いたと同時に足が崩れた。土になっていたんだ。倒れ込んだボクは、お腹が痛くなってうずくまった。きっとあの骨みたいにひまわりが生えてきちゃうんだろう。嫌だ嫌だ、そんなのってないよ、ただ遊んでいただけなのに。


 痛い痛い痛い。お腹が痛い。ぐじゅぐじゅ気味の悪い音が体の内側から聞こえてくる。パンパンに膨れ上がって、風船みたいにパンと弾けて、にょきにょき生えてきた。大きな大きな、ボクの身長より何倍もあるひまわりが。もう嫌だと言葉にしたかった口からは、黄色い花びらが溢れるだけだった。


 戒斗かいとは田舎の祖父に手を引かれ、砂利道を歩いていた。その途中のひまわり畑を見て、ざあっと胸にこみ上げるものがあった。知らず知らずのうちにつうと涙が頰を伝い、とても大切なものを失ったような気がしてじっと見つめていたが、強く引っ張られ我に返る。


「どした、なんか見たか」


 祖父の言葉はいつも通りの口調だったが、暗にそれ以上見るなと言っているように感じた戒斗は「ううん、なんでもない」と答えた。


「いいか、ここには絶対に入っちゃなんねえぞ。罰が当たるからな。お前はうちの大事な大事な一人孫だからな。わかったか」祖父は戒斗の頭を撫で、一番大きな花に手を合わせながら言った。


「うん、わかった」と頷く戒斗。夏の太陽を一斉に見上げる中で、弟から生えているひまわりだけが、名残惜しそうに彼の方へ頭を向けていた。

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