空っぽだったワタシ

第26話

日南真愛は猫を被るのが上手い。そのうえ甘え上手で世渡り上手。

周りから“男たらし”だと蔑まれる程、魔性の女だ。

ウチはその気が無くても、相手は違う。少し言葉を交わしただけでみんな勘違いして、ワタシのことを本気で好きになって愛してくれる。

この状況は本望ではないけど正直、たくさんの男性に好意を向けられるのは嬉しい。

“凡才”のワタシにとって、悪い気分になる要素は一切なかった。なのに、どうしてか“幸せ”が一向に満たされない。

どんな男と付き合っても。いくら友達を作っても、その関係性に違和感を感じてしまう。

だけど、この違和感は決して間違っているとは思わなかった。なんなら、この違和感の原因は相手にあると勝手に決めつけていた。

だからワタシは誰かのせいにするのが一番得意だった。気付けば他人を蔑み、小言を漏らすようになっていた。

こんな自分はおかしいだろうか。こんな自分はサイテーだろうか——。

ワタシには才能も無ければ、夢もない。個性というものも……きっとない。

何も取り柄がない空っぽの女の子。所詮は“生ける屍”かもしれない。

でも、このまま生ける屍として人生を終えたくない。たとえ見栄えが悪くても、周りからやっかみや反感を買っても足搔き続けたい。

あの時のワタシは変に依怙地になっていた。知らぬ間に悪い方へと彷徨い、独りでに底なし沼へ飛び込んでいた。

そんな盲目なワタシをある日、救い出してくれたのが只今絶賛片想い中の“彼”だったりする。


■■■


一途の家に訪問した日から一週間。連日続いた夢物語が全てウソだったのかのように、平穏な生活が戻ってきた。

あれから一途とは何度か顔を合わせたが、何か話すわけでもなくそのままスルー。他人を見る目で完璧に避けられる。

いつものオレなら、いくら避けられてもなんとか話しかけに行く所だが生憎、就活の方が忙しくて構っている暇がない。

そろそろ本格的に履歴書を完成させないとヤバい。ニート生活がすぐ目の前まで迫っている。

講義が終わったら、そのままキャリアセンターに直行だ。


「——ん?誰だ?」


キャリアセンターに向かう道中、LINEの通知音が鳴る。スマホの画面を見ると、一件の通知が表示された。相手はバイト先の後輩、真愛だ。


『今週の土曜日ヒマですか?」


なんだ。また疑似デートのお誘いか。

前回の疑似デートからあまり日が経っていないが、もう彼氏を作って別れたのか。スパンが短過ぎるだろ。

普段なら“ヒマだ”と即返信し、快諾する流れだが今回はどうしても外せない用事がある。


『スマン。今週の土曜は合説(合同説明会)がある。ヒマじゃない』

『ええっ⁉あのセンパイは就活ですとっ⁉』

『いや、前から就活してるからな!そんな驚くことないだろ?」

『そりゃ驚きますよ。就活を理由にバイトをズル休みしていた人が、まさかマジで……お姉ちゃん嬉しいです!』

『誰がお姉ちゃんだ!あと、ズル休みじゃない』

『センパイのウソつき』

『ウソじゃないわ‼』

『ヘーイ、ヘーイ。エビデンス、プリ~ズ‼』

『わかった。合説と面接の日時全部送ってやる』


就職サイトに残っていた予定表をスクリーンショット。証拠として画像を送る。


『うわ~、意外と色々受けてたんですね』

『ああ。全部落ちたけどな』

『ドンマイです、ニート先輩』

『まだニートになるとは決まってない』

『もしセンパイがニートになったら、ウチが養ってあげてもいいですけど……?」

『冗談はよせ』

『テヘへ……』


キャリアセンターに到着したが、LINEのメッセージが中々途切れない。

いつもこうやって真愛と喋り始めると、話の終着点を見失う。彼女のレスポンスが早すぎるんだ。


『話戻すんですけど、今度の土曜は一切空いてないと?』

『一切ではない。合説は午前中に終わるから、午後はヒマになる』

『それじゃあ、午後からウチとデートしてください‼』

『ああ、はいはい……。定番の疑似デートねー。今度の元カレはどんなヤツだ?毎回忠告するが、野蛮で屈強な巨漢ならお断りだぞ』

『もぉ~、今回は疑似デートなんかじゃありません‼正真正銘のデートです‼』

『は?正真正銘のデートってなんだ?』

『ガチのデートですよ‼センパイと純粋に遊びたいんです‼』


疑似デートの延長線上。ひょっとして、今回はあくまで“友人”としてオレと遊びたいのか……。

ただのバイト先の先輩だというのに。


『遊ぶって、また駅のデパートか?』

『いいえ、場所は変えます。ガチのデートですので』

『じゃあ、どこ?』

『う~ん……まだ決まってません♡』

『なんじゃそりゃ』


ガチのデートだと言われてもイマイチピンと来ない。可愛い後輩からこういうお誘いを受けた場合、普通の男子ならジャンプして喜ぶだろう。

でもオレは平常心のままだった。


『場所は前日に知らせます。三日後、楽しみにしてますね♡』

『りょ』


ようやくメッセージが途切れた。

忘れないうちにメモ帳に予定を書き加えておこう。


「こら、新島君!そんなとこでスマホ弄ってないで早く中に入って。さっそく面接練習始めますよ‼」

「す、すみません……‼」


キャリアセンターの職員さんに軽く怒られた。またオレへの好感度が下がってしまったようだ。

オレは平謝りしながら建物の中へ入っていく。


■■■


あっという間に土曜日。真愛との“初デート当日”——。

オレはリクルートスーツのまま、最寄り駅の広場に突っ立っていた。


「センパ~イ、お待たせしました‼」

「やっと来たかって、ん……?」


正面から走ってくる真愛。何故か今日は少しだけ雰囲気が違う感じがする。

どうしてだろう……?


「すみません。洋服を選ぶのに手間取って」

「あっ……、そうか、服だ‼」


上は真っ黒なジャケットを羽織り、下は脚線美が際立つデニムパンツ。

いつものヒラヒラを纏ったファッションじゃない。少し色気があってクールお姉さんといった印象。

ただ服が違うだけで、一瞬目を奪われてしまった——。そう、ほんの一瞬だけ一途と勘違しそうになった。

真愛が今着ている服は彼女の私服とそっくりだから。


「センパイ、どうしたんですか?」

「いや、いつもと雰囲気が違うから……、ちょっとビビった」

「おお~、流石にニブチンのセンパイでも気付きました」


ニマニマと気持ち悪い表情でこちらに近寄り、視線を向けてくる。


「センパイはウチの私服と今の服、どっちが好きですか?」

「どっちもお似合いだ」

「そういう曖昧な回答は受け付けてません。ちゃんと答えてください‼」


プクーッと頬を膨らませ、オレの脇腹に軽く拳を入れてきた。

雰囲気が多少変われど、あざとさは消えていない。今日も平常運転のようだ。


「服だけ見ればカッコイイ」

「服だけとは失礼な。やっぱ似合ってないんですか⁉」

「ゴメン、今のは冗談。普通に似合ってる。雑誌のモデルさんみたーい」

「雑誌のモデルは言い過ぎです‼」

「なんか文句多いな!」


本音を言えば、いつものヒラヒラの服の方が似合っているがノンデリ発言は控える。


「センパイは今のウチと元カノさん、どっちがカッコイイと思います?」

「なんで急に、元カノが出てくる?」

「なんとなくです」

「なんとなくってなんだよ……」


どちらか一つ選べと言われたら、元カノ(一途)と答えてしまう。未だにオレの中ではアイツが一番だ。

でも、ここで馬鹿正直に答えると全力で引かれて、落ち込ませる可能性がある。だから——。


「もちろん、日南だ」


取り敢えず目の前の人間を選ぶことにした。

真愛は上機嫌に軽くステップを踏んで、30センチほど上乗せされた厚底ブーツをかき鳴らす。そして、少し前屈みになってオレの顔を覗きてきた。


「センパイってウソ吐くのチョー下手ですね♡」


吐息混じりの甘い声。艶やかで肉厚感のある唇を耳元まで近づかせ、そう呟かれた。

表情はニコニコのまま。オレにお世辞を言われても、気分を害することなく余裕のウィンクと投げキッスをかます。


「センパイ、センパイ‼今からどこに行きたいですか?」

「えっ……、ああ。どこでもいい」

「つまんなー。なんかないんですか?」

「ないものはないんだが……」


てっきり真愛が先導してくれるものだと思っていたが、違うらしい。行き先はオレに任せてきた。

慌ててセンスのない脳をフル回転させて、過去に行ったデートスポットを割り出す。


「——なんかこの辺に水族館ってなかった?」

「一応ありますけど。二駅先に」

「じゃあ、そこ行こう」

「ありきたりでウケる」

「別に言いだろ。さっきから文句多いぞ‼」

「アハハッ‼サーセンでした~‼」


真愛は反省の色なしの謝罪を述べたあと、先に喜々として改札口を抜けていく。


「今日はやたらとテンション高いな」

「そうですかぁ?べつに普段通りですけどぉ~」


平静を装おっているが、言葉が軽快に弾んでいて興奮が抜け切れていない。

オレと会う前、何か良いことでもあったのか。

オレは小首を傾げつつ、改札口を抜けて真愛の後を付いていく。

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