第22話 (一途との馴れ初め①)
一途と最初に出会ったのは今から13年程前——。
彼女は転校生として担任に紹介された。
転校初日は大変持て囃されていた。理由は簡単。超絶美人だったから。
小学生にしては見た目がやけに大人びていて、色んな部分が人より成長していた。
既に性欲が開花していた一部のスケベ男子は下心を内に湛えた状態で声を掛けに行く。実はオレもその中の一人だった。
一途の顔を見た瞬間、心より先に脊髄がビビッと反応した。ただエッチなものを見てしまった時に味わうムラムラッとなるあの感覚じゃない。
やたらと胸の辺りが熱くなり、動悸が騒がしくなる。
当時のオレはただのスケベで、恋というものを全然知らなかった。だけど一途と会った直後、この妙な症状が“初恋”だとすぐに気付く。
この症状はいくら人に説明しても理解してもらえなかった。実際に自分でもちゃんと理解できていない。
初恋と言える科学的証拠はどこにもなく、考えれば考えるほどオカルトチックで謎が深まるばかり。もしかしたら第六感的なものが働いたのかもしれない。
まあキッカケや証拠はどうであれ、オレは一途に一目惚れした。
授業が終わると休み時間は一途にベッタリ。他の同志と一緒になってあれやこれやと話題を展開する。
しかし一途は誰に対しても素っ気なく、愛想がなかった。
誰に話しかけられても小さく頷くか、ほとんどの場合が無視。なんとなく鬱陶しそうにクラスメイトを睨んでいたように見えた。
美人だと浮足立っていた男子達は忽ち玉砕し、諦めて自席に着く。十人、五人、三人……と日を追うごとに彼女を取り囲んでいた人達は減っていき、終いにはオレしかいなくなった。
「絵描くの上手だね」
「……」
「絵描けるなんてカッコイイ。将来、マンガ家にでもなったら?」
「……」
一途は休み時間になると、いつも自由帳に絵を描いていた。絵は美男美女が多く、どれも小学生が描いたものとは到底思えない出来栄え。
青く光る羽根ペンを走らせ、繊細に線を加えていく。
「アンタ、私と居てつまんなくない——?」
転校して来てから一ヶ月が経ったある日。
一途がやっと口を開き、そんな事を聞いてきた。
「ううん、超おもしろい‼いつも上手な絵が見れるから‼」
「あっそ……」
オレがそう元気よく答えると、そっぽを向いて顔を抑えていた。耳元が真っ赤っかで、今にも火が噴き出しそう。後から思い返してみれば、彼女が初めて素を漏らした瞬間だったかもしれない。
当時のオレは、そんな彼女を純粋に可愛いと見惚れてしまった。
■■■
あれから月日が経ち、はや二ヶ月。
そろそろ学校に慣れてきた頃合いに事件は起きた。
一途の机に置いてあった自由帳と筆記用具が突然紛失した。
彼女にとって命と匹敵するぐらい大事なもの。血眼になって周辺を探し回る。
「——アレレ~。桜庭ちゃん、床に這いつくばってどうしちゃったのぉ~」
一途の元に女三人衆がやって来た。
彼女達はクラスを牛耳るマドンナ的存在。まだ小学生だというのに、早くからカースト制度を作り上げた元凶だ。
「ああ~、ゴメン。ゴミだと思ってゴミ箱に捨てちゃったわー」
膝をついて呆然と俯く一途を見下ろし、冷ややかな目で嘲笑う。
他のクラスメイトも傍観者に徹し、見て見ぬふり。厄介事に巻き込まれたくないと素知らぬ顔で平穏な日常だと偽る。
「どうして、こんな事したの?何が目的?」
「う~ん。桜庭ちゃんを見ていると、なんかイライラするから」
「私はアンタ達に何もしてない。なのにイライラされるのはおかしい」
「へぇ~、あたし達にそうやって口答えするんだ……」
恐らくただ顔が可愛いからという理由でチヤホヤされていた事実が気に食わず嫉妬したのだろう。
三人衆のリーダー格が目線を合わせるように屈み、一途の下顎を掴む。
「オマエは生意気なんだよ‼」
怒声とともに、パキッと何かが割れる音。
リーダー格の左手には一途が愛用していた羽根ペンが真っ二つに割れていた。
「これで大好きな絵が描けなくなっちゃったね」
「……」
「あれれ~、完全に黙っちゃった。もしかして、怒ってる?それとも悲しくて泣きそうになってる?」
「……」
一途は暫く顔を俯かせた状態で固まってしまった。
三人衆は必要以上に煽り立て、腹を抱えて笑い声を上げる。
この異常事態に誰も声を上げようとしない。
オレはすぐに間に入ろうとしたが、近くにいた友達に止められた。
「やめとけ。オマエもあんな風になるぞ」
「だけど、このままじゃ……‼」
「いいから、ほっとけ。色々ややこしくなる」
周りはやたらと冷めていた。
つい先日まであれだけ彼女を持て囃していたのに……。
しかし当時のオレは友達に止められても尚、リスクを犯そうとはしなかった。
助けなきゃと口先だけは綺麗事を吐くが、行動に移すまでの勇気はない。
その辺の傍観者と同じだ。
「なんか喋ったら、どうなん?」
「はやくこっち向けよ‼」
「バ~カ♡」
一途が大人しく口を閉ざす間、三人衆の罵倒が最高潮に達する。
言い返せないことを良い事に言いたい放題だ。
流石に我慢の限界を迎えたオレは三人衆の元へ詰め寄ろうとしたが、その前に——
「——さっきからやかましいんだよ‼」
先に限界を迎えたのは一途の方だった。
勢い良く立ち上がり、凄まじい速度で拳を飛ばす。
その直後ボゴッと鈍い音が教室中に響き、三人衆の一人が力なく倒れた。
「イタイい、イタい……。お腹イタい……」
倒れた女子は瞳に涙を溜め、見事な被害者面を晒す。
一途は拳を力強く握り締め、怒りのあまり両肩を震わす。
突然の暴力沙汰にクラスメイトは大騒ぎ。素知らぬふりを継続できず皆、倒れた女子に駆け寄る。
三人衆の他二人はブルブル怯えて後退った。
「桜庭ちゃん、大丈夫?」
「ゴメン。こっちに近づかないで」
オレは真っ先に一途の元へ駆け寄ったが、すぐに拒絶された。
彼女の唇は青く変色し、顔色が悪い。
再びその場に座り込み、環境音を遮断するように両耳を塞ぐ。
「誰か先生呼んで。はやく‼」
「××ちゃん、ちゃんと息できる?」
「死なないでぇ~。しっかりして~‼」
誰一人、一途に同情する者はいない。倒れた女子を心配する声が広がる。
これじゃあ、まるで一途が悪者みたいじゃないか。
「桜庭ちゃんはゼッタイ悪くない。だから安心して」
「——話しかけないで」
どう言葉を掛ければいいか分からず、上辺だけの薄い励ましとなってしまった。
案の定、一途は怪訝な顔でこちらを睨み付ける。
「イヤなら私の味方にならなくてもいいから」
「べつにイヤじゃ……」
「そんな顔で気遣いされても嬉しくない」
緊張と恐怖で強張ったオレの表情が全てを物語っていたらしい。
自分が取った行動は偽善と捉えられ、彼女の機嫌を損なわせる結果となった。
「暫く一人にさせて……」
「ちょ、ちょっと……‼」
慌てて呼び止めようとしたが、一途は逃げるように廊下を飛び出し走り去る。
去り際に見せた彼女の表情はどことなく寂しそうで、泣く一歩手前の行き場のない悲愴感を漂わせていた。
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