第11話 (一途視点)
たった今、私はまた許されないことをした。また彼を傷つけてしまった。
私は最悪な人間だ。
大好きな彼を悲しませることしかできない馬鹿は死んだ方がマシ。でも、私が死んだらお人好しの彼はきっと深く悲しみ、傷つくだろう。
「——もうアイツと会いたくない」
そう独り言を呟き、玄関の扉に背を預ける。目尻一杯に冷たい涙を溜め、控えめに鼻をすする。
「一途ちゃん、早く部屋に入ってきな。ママとお話しよう」
「私のことはほっといて。お母さんは大人しくベッドで寝てて」
玄関でへたり込む娘の姿を見て、リビングの向こうから心配そうに顔だけ覗かせる母親。
今は誰とも話したくない。行き場のないイライラが止まらない。
あらゆるネガティブな感情が心の中で渦巻き、誰かに触れられただけで爆発してしまいそう。
「自分の可愛い娘が泣きそうになってるのに、そのまま見過ごすなんてできないわ」
「——て」
「晴斗クンと何があったの?」
「——って」
「一途ちゃんの泣き顔はもう見たくない。だからママに全部教えて。お願い……」
「お母さんは黙って‼」
私が爆発したら、被害を被るのは近くにいる誰かさん。
母親が与えてくれた無償の愛をあろうことか、反射的に拒絶し八つ当たりする。
全部自分が悪いのに、その場の感情に任せて声を荒げる卑劣で荒唐無稽な蛮行。
典型的な親不孝者だ。
「ゴメンなさい……一途ちゃん」
母親はいつも親不孝者の蛮行を許してしまう。口には出さないが、こうなったのは自分のせいだと必要以上に追い込む。
理不尽極まりない私の鬱憤を安請け合いする姿はなんとも痛々しく、腹立たしい。
元気なく謝られる度に自分の惨めさを痛感し、この世から消えたくなる。
母親は大人しく顔を引っ込め、言われた通りベッドへ戻って行った。
「なんで生きてんだろ、私……」
呆然と天を仰ぎ、天井のシミに難解な疑問を投げかける。
私はとっくの昔に死に対する恐怖心や不安をどこかに置いてきた。なのに、のうのうと二十年以上生き延びてしまった。
生きる目的なんてない。四年前に自分の意志で捨て去った。
後悔なんてない。後悔できる立場じゃない。だけど、どうして、未だに——。
「アイツが恋しくなんのよ……」
アイツの顔を見たくない。本当に、二度と会いたくない。
心の奥底に閉まっておいた“ワガママ”が今にも飛び出しちゃう。
叶うはずがないのに願ってしまう、求めてしまう。
「晴斗のことが好き……大好き……」
どんなに頑張って我慢しても自分の気持ちにウソは吐けない。
蚊の鳴くような声で本音を吐露する。
ねぇ、神様……。この気持ち絶対本人には打ち明けないから、こうやってたまに独り言で告白するぐらい許して欲しいな。
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