彼氏役メンドイ

第7話

今日の講義は一コマで終了。バイトは就活のため長期休暇。

一途ともう少し話そうと思っていたが上手く逃げられひとりぼっち。

このまま大学にいても暇を持て余すだけ。寂しく家へ直行する。


『——センパイ、今日ヒマですか?』


スマホのバイブ音。画面を開くと一件の通知を確認。

“真愛(まい)”と名乗る者からLINEのメッセが届いていた。


『いちいち聞かないくても分かるだろ。いつでも暇だよ』

『いつでもヒマはおかしくないですか。就活してないんですか?』

『一応してるけど、全然履歴書が書けなくて困り果ててる』

『クソじゃん』

『おい、ハッキリ言うな』


暫く益体もないメッセのやり取りが続く。

相手の“真愛(まい)”はバイト先の後輩。

髪色が明るいギャルJD。常にハイテンションでダル絡みが目立つ。特にオレに対して酷い。


『センパイがヒマなら今回もデートお願いできますか?」

『また彼氏役?』

『そうです、そうです‼』


一時間後、最寄り駅のホーム集合でお願いします!と一方的に告げられ、会話が途切れた。

気乗りしないが断る理由が見つからない。家に荷物を置いて目的地までとぼとぼと歩く。


■■■


仕事帰りのサラリーマンやOLが行き交う駅構内。

ちょうど帰宅ラッシュの時間と重なり、周りが騒々しい。少しでも気を抜けば人波に揉まれそうだ。


「もぉ、センパイおそーい!三分遅刻ですよ‼」

「三分なんて誤差の範囲だろ。見逃してくれ」

「あーあ、またそんな事言っちゃって。社会人になったら誤差では済まされませんよ~」

「高校卒業したばかりのヤツが社会人語るな」


日南真愛(ひなみまい)、大学二回生——。

語尾が間延びする甘ったるい口調が特徴的。美人系というより可愛い系。目が丸くて童顔。愛嬌があって誰からも好かれるタイプ。動作や言動が少しあざといのが玉に瑕。

目が悪いオレが見つけやすいように改札口の前に立っていた。


「今日もヒラヒラしてんな」

「一応、デートですから」

「あっそ」


毎回、律儀に女の子らしくオシャレな服装。男子ウケが良さそうなヒラヒラのフェミニンコーデで身を包む。浮足立った恋する乙女のようだ。


「で、今日はどのようなご要件で?」

「先月別れた彼氏にストーカーされてて困ってるんです」

「それで、オレにニセ彼氏になれと?」

「はい、察しがいいですね。話が早くて助かります」

「そりゃあ、嫌でも察しが良くなるよ。こういうの今日で何回目だ……」


ハッキリ言って真愛は男癖が悪い。

貞操観念はどこへやら。イケメンを毎月取っ替え引っ替えしてて節操がない。

そして付き合うイケメン達のほとんどが訳アリで別れる際にひと悶着が起きる。その度に何故かオレが呼び出される始末。新しい彼氏が出来たと口実を作るために“一日彼氏”を任される。

ほんと、いい迷惑だ。人様の色恋沙汰に関わりたくないのに。


「こんな事いつまでも続けてたら、そのうち後ろから刺されんぞ」

「そん時は先輩に助けてもらいます」

「それは無理。いつ刺されるか分かんないじゃん」

「ならずっとウチの傍にいます?」

「全力でお断りします」

「ええ~、ショック。またフラれたんですけどぉ~」


ストーカーに追われている身とは思えないぐらい余裕の表情。軽口を叩いてオレを揶揄う。


「ちなみに元カレは今どこにいんの?」

「あそこです」


真愛が指差した先には全身真っ黒コーデのいかにもな男性が一人。支柱の影に隠れてこちらを監視していた。


「毎度のごとく分かりやすいな、ストーカーは」

「はい。あんな格好であんな場所にいたら逆に目立つのに」


普通にラフな格好で自然体のままストーキングできないのだろうか。理解に苦しむ。


「それでは、早速アイツにウチらのラブラブっぷりを見せつけてやりましょう‼」

「はいはい……。いつも通りノリノリだな」


今日で何回目か分からない疑似デート。場所も例のごとく駅に隣接されたショッピングモール。自動ドアを抜けた先には行き過ぎて見飽きた光景が広がる。


「腕にくっついていいですか?」

「……」

「じゃあ、失礼します!」

「おーい、まだ許可してないだろ」


毎度のことながら躊躇なく体に密着してくるのはどうかと思う。

ついでに胸を押し当ててくるのはわざとだろうか。


「どこに行くんだ?」

「一先ず、フードコートですかね。一緒にラーメン食べましょう‼」

「フードコートでわざわざラーメン食べるくらいなら、駅から出て家系に行こう」

「ええ~、家系はこってりし過ぎて胃もたれ起しちゃいます。胃袋の小さい女の子は一口食べただけ寝込んじゃいます」

「そんな大袈裟な。この前インスタ見たら大食いチャレンジとか言って重量3キロぐらいあるハンバーガーを綺麗に完食してたじゃないか」

「いや~ん、インスタで恥ずかしいとこ見られちゃってた♡」


とか言いつつ、全く恥じらっている様子はない。なんなら結構嬉しそう。白い歯をこぼし、はにかんで見せる。


「元カレさん、ちゃんと後ろから来てる?」

「はい、バッチリと‼十メートル間隔で‼」

「テンション高っ!もっと怖がれよ……」

「一々怯えていても時間と体力のムダです。もう何回もストーカー被害に遭い過ぎて慣れちゃいました。それに今は頼りになる先輩がいるし、安心安全でーす」

「モテる女は辛いな」

「そうなんです~。チョー辛いですぅ」


この状況を愉しんでいるように見えるのは気のせいだろうか。

被害者としてあるまじき発言に驚き半分呆れ半分——。本人からこれっぽちも危機感を感じない。


■■■


エスカレーターで最上階まで上がり、フードコートに到着した。

平日の夜にも関わらず子連れの家族がチラホラ散見する。

家族連れだけでなく中高生や大学生も集団で食事や世間話に興じる。


「はいはーい、一夜限りのカップルが通りまーす!」

「こらこら、あんまデカい声出すな。恥ずかしい……。あと、その言い方は色々誤解されるから止めてくれ」

「んじゃあ、ワンナイトラブ?」

「余計ダメだ」

「ウチは別にいいよ……体目的でも♡」

「恋人でもない後輩に手出すか、バカヤロウ」


真愛の脳天に優しく手刀を食らわす。

「センパイに殴られた~。痛~い」と頭を擦り痛がっていたが、そのまま放置。素早く注文を済ませて店員さんから呼び出しベルを貰う。


「ついでにお前の分も頼んでおいた」

「おお~、さすがセンパイ。気が利く~」


五百円ぐらいの豚骨ラーメンを二つ注文。真愛に呼び出しベルを渡して近くに空いていたボックス席に座る。


「てか、一つ質問いい?」

「なになに?」

「なんで別れたの?」


毎回、別れを切り出すのは真愛から。全員ひと月前後で一方的にフラれ、ストーカーへ闇落ちしている。


「う~ん……特に理由はないかな。なんとなく別れた」

「なんとなく……?」

「ま、そもそも成り行きで付き合い始めた感じだし、特別な感情はずっとなかったです。極めてドライな関係性でした」

「でも元カレはそういう風には見えないけど……?」


さっきから元カレの視線が痛い。オレ達のはす向かいの席に座り、血走った目で睨まれている。

あの雰囲気から察するにかなり重い感情を抱えているはずだ。

嫉妬に狂った表情がなんとも痛々しい。


「ウチの歴代彼氏ってどうしてかみんな束縛系男子なんですよねー。そのせいでフラれた直後はああやっておかしくなるんです。自分はコソコソ他の女と浮気してたくせに」

「そ、そうなんだ……」

「鼻からウチは愛情なんか受けてません。アレはただの支配です」

「恋愛は大変だね」

「はい、恋愛は大変です。ストレスです!」


ストレスになるくらいなら男と付き合うの止めろよと言いたい所だが、ここで正論をぶつけると角が立つ。喉元まで出かかった言葉をグッと堪え、代わりに深い溜息を吐く。


「浮気する奴に限って束縛が強い!ネットの情報によれば自分がしてるから相手もしてるかもって凄く不安になるらしいです。自分勝手にも程があります‼先輩もそう思いますよね?」

「そだねー」

「そう云えば、センパイも浮気された身でしたよね?」

「うん。まあ一応」

「やっぱり元カノさん束縛凄かったですか?」

「いいや別に。なんならオレを縛らないように気を遣ってた」


オレがデートそっちのけで男友達と遊び惚けてしまった時。暫く拗ねてはいたものの怒りはしなかった。二人だけの時間は何よりも大切にしていた彼女だったが、それ以上にオレの友人関係を壊したくないという温情が勝っていた。

今更だが一途を無下に扱っていた過去の自分を𠮟ってやりたい。


「プライベートが自由過ぎて逆に怖かったよ」

「でも結局、浮気されたんですよね?」

「傷を抉るな」

「愛想尽かされたんですよね?」

「相変わらず容赦ないな」

「えっ?センパイに容赦って要ります?」

「うぅ……。そんな事言われたら先輩泣いちゃう……」

「すみません。この程度で泣くなんて……キモいです」

「うぐっ⁉」


ニコニコ笑顔からスッと真顔へ。いつも肯定的な真愛にしては珍しくオレに冷たい視線を向ける。


「あっちから裏切ってきたのにセンパイの方が未練タラタラなのはおかしいです」

「い、いや、もう今は未練ないし。元カノのことなんてサッパリ忘れた」

「センパ~イ、顔に思いっ切りウソって書いてありますよ」

「えっ⁉」


書いてあるはずがなのに反射的に顔を触ってしまう。

それを見て真愛はケラケラ腹を抱えて笑っていた。


「こんな仏のような人間にここまで愛されるなんて元カノさんは果報者です。一体、前世でどれだけ徳を積んだのやら……なんか羨ましいです」

「羨ましいって何が?」

「な、なんでもありません‼」


声が尻すぼみに消えていき、最後の方がよく聞こえなかった。

なんて言ったのか聞き返したが、拒絶される。

真愛はほんのり頬を赤く染め、明後日の方向に視線を逸らす。


「センパイ、センパイ‼」

「なに?」

「あそこ見てください」


暫く沈黙を挟んだあと突然、真愛が机の上に乗せていたオレの右手を強く叩いてきた。

どうやら遠くの方に何か見つけたらしい。


「あの人、どっかの雑誌のモデルさんですかね~。スタイル抜群でメチャクチャ綺麗です‼」


視線の先には幼い女の子を連れた長身の女性が長い髪を靡かせ歩いていた。

オレはその女性を見た瞬間、ビビッと強い電流が脳天を貫き身体中に迸る。


「一途……?」


女性の正体はちょうど話題に挙がっていた元カノ。

目深に被っていた帽子を被っておらず、誰にも引けを取らない美貌を曝け出す。


「「あ」」


呆然と一途をガン見していたら、たまたま目が合ってしまった。

お互い頓狂な声を漏らし、口が半開きになる。


「おねえちゃん、あそこにママがいる」


一途に手を引かれ歩いていた幼い女の子は、無邪気にどこかへ走り去っていった。彼女は女の子の後を追いかけようとせず、その場に立ち尽くす。


「センパイ……もしかして、あの人と知り合いですか?」

「知り合いも何も、アイツがオレの元カノ」

「ええっ⁉」


一途の顔を見るのは今回が初めて。真愛は目を白黒させて綺麗に二度見を決める。


「——っ⁉」


オレと真愛の熱い視線に耐え切れなくなった一途は、踵を返して来た道を勢いよく走り出す。


「取り敢えず追いかけてくるわ」

「えっ⁉ちょっと……センパイ‼」


真愛に呼び止められたが、構わず無心に走り出す。

少しの間一人にさせることになるが、後で謝っておこう。

今は一途の後を追うのが最優先だ。





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