第5話

食べ終わった後は約束通り面接練習に付き合ってもらうことに。

お皿はシンクの中に放り込み、正面から向き合ったまま履歴書を机の上に広げる。


「途中あれこれ質問した方が良さそ?」

「いいや、ただ聞くだけで充分」

「りょーかい」


まだ就活生ではない一途は面接の勝手が分からない。故に適切なアドバイスは求めていない。

取り敢えず人前で話すことに慣れるのが今回の目的。一途はカカシとして傾聴に徹してもらう。


「じゃあ、始めるね」

「うん」


オレは静かに正面を向いて一途と視線を合わせる。そして面接で言う予定の内容を淡々と話し出す。


■■■


一通り面接で訊かれそうな質問はリストアップ済み。

一途の前で自問自答を繰り返し、およそ三十分が経過。なんとか答え切ることができた。現段階の実力は出し切れたように思う。

少し自信ありげに胸を逸らした。


「オレの面接シミュレーションを聞いて何か引っかかる点があれば教えて欲しい」

「ん?私が⁉」

「うん。この場には一途しかいないでしょ?」

「はぁ~」


少し長めの溜息。眠そうに瞼を擦る。


「もしかして聞いてなかった?」

「いいや、一応聞いてたよ。内容がクソ薄くて全然頭に入って来なかったけど」


どうやらオレが予想していたより一途からの評価は良くなかったらしい。

いかにも退屈そうな表情でゆっくり天を仰ぐ。


「ぜんぶ客観的過ぎてアンタの良さが全然伝わってこない。言葉一つ一つに重みが無くて、言わされてる感がハンパない。自分の意志や情熱がまるでないし、頼りなさそう。入社してすぐ辞めそうな匂いがプンプンする」

「言いたい放題だな」

「だって本当のことだもん」


辛辣な言葉が容赦なく降り注ぐ。忌憚のない意見は欲しかったが、ここまで言われるとわりとへこむ。


「アンタ、どういったとこに就職したいとかあんの?」

「金さえ貰えれば、どこでも」

「それだけ?」

「うん。それだけ」


一途は目を白黒させたあと呆れた感じで苦笑い。

短めに二発目の溜息を漏らす。


「そういや、アンタって将来の夢とかあったけ?」

「一途の主夫として永久就職」

「ああ、そんな事言ってたな。堂々とヒモ宣言したヤツ」

「ヒモになるつもりはない。ちゃんと家事全般する予定だった」

「家事全般って……ろくに部屋の片付けできなくて、簡単な料理も作れないバカがよく言うわ」

「おい、バカは酷いぞ」


これは付き合った当初から言い続けたこと。当時のオレは大人になるまで恋人関係が続いて、そのまま結婚するものだと思っていた。

漠然と結婚後の生活を想像して自分の人生は安泰だと勘違いしていた。

勘違いしていた分のシワ寄せをもろに食らった今現在。ぶっちゃけ就職したい会社なんてどこにもない。出来ればフリーターかニートのまま人生を全うしたい。

無気力過ぎて我ながら嫌悪感を覚える。


「——ゴメン。夢叶えてあげられなくて……」


「ん?なんか言った?」

「ううん。なんでもない」


ボソボソッと何か呟く声。

一途は呆然と虚空を見詰め始めた。


「一途はイラストの方、まだ頑張ってんの?」

「いいや、高校の時にやめちゃった」

「そうなんだ」


一途は昔から絵を描くのが好きだった。

少女漫画のようなタッチで可愛い女の子を何人も描いてきた。

中学の頃から自分の絵をSNSに投稿するようになり、一定数ファンが存在していた。オレと二人で“コミケ”の会場に行き、力作の同人誌が完売した瞬間。お互い両手を広げてハグしたのは良い思い出だ。


「なんでやめちゃったの?」

「忙しいから」

「バイトか?」

「それもある」

「“それも”ってなんだよ」

「詳しいことは言えないけど、とにかく忙しいんだ」


あんなに好きで描いてた絵をやめちゃうなんてよっぽどの理由がない限り有り得ない。

もう少し掘り下げて問い質そうと試みたが、これ以上この話題を引っ張るなと無言で睨まれた。握られた拳がプルプル震え始めて今にも感情が爆発しそうだ。


「用が済んだんならもう帰っていいかな?」

「えぇ~、まだ家に来て三時間ぐらいしか経ってないじゃん。もう少し居ようよ~」

「三時間“しか”じゃなくて“も”でしょ?やる事ないなら帰る!」

「まあまあ、そう言わずに——」


と、ここでタイミング良くインターフォンが鳴る。


「おっと、やっと来たな。待ちくたびれたぞ~」

「何が?」

「ピザだよ、ピザ!」

「ピザ……?」


オレは意気揚々とインターフォンに出て「ありがとうございます!」とウーバーの人に元気よく感謝のあいさつ。そそくさと玄関のドアを開け、今晩のメインディッシュを出迎える。


「今から晩餐しない?」

「は?」

「二人だけの同窓会しようよ!」

「はい⁉」


実は三十分ほど前にこっそりウーバーでLサイズのピザを注文していた。

早めに帰ろうとするだろうと一途の行動を見越して、予め彼女を引き止めるためのエサを用意しておいた。


「冷蔵庫の奥に大量の缶ビールがあるから一緒に飲もう!」

「いやいやアンタ、マジで頭おかしいよ」

「えっ、どこが?」

「何度も言うけど、私は他の男と浮気していたサイテー女なの。普通なら憎むべき相手とお酒を飲み交わそうとするなんて頭のネジが全部外れてないと絶対思いつかない‼」

「やったー!嬉しい‼」

「別に褒めてないから!!」


一途は顔を赤くして自分が浮気女だと主張するが、オレの耳には届かない。

机の上にお酒とピザを置き、着々と準備を進める。


「過去のことは一旦、水に流そうって言ってるじゃん。今日は無礼講だから好き勝手食べて飲んで、喋ろうぜ‼」

「はぁ……。ここまで来るとお人好しなのかただのバカなのか分かんないな」


オレがしつこく引き止めた結果、渋々折れてくれたようだ。

徐に腰を下ろし、元の場所に正座する。


「私、けっこう酒癖悪いけど大丈夫?」

「全然問題ナシ。無礼講、無礼講‼」

「途中で怒んないでよ」

「怒んないって」

「本当に?」

「ほんと、ほんと‼」


酒に呑まれるのが怖いらしく、かなり保険をかけてきた。

多少、肉体言語が飛んできても太刀打ちできるはず。持ち前の器の大きさで全て受け止めてみせる。


「もうマジでどうなっても知らないから‼」


そう言って一途はやけくそに缶ビールの蓋を開け、グビグビと男顔負けの飲みっぷりを披露する。


「ひゃんたが、ひょうなってもしまらひゃないんだから~(アンタがどうなっても知らないんだから)」


予想より酔うのが早かった。ものの数秒で顔を上気させ、舌足らずの酔いどれが完成されてしまった。


「この調子だと、ちょっと先行き危ういかも……」


一途のベロベロ姿を見て、ちゃんと受け止めれるか若干自信を失う不甲斐ないオレだった——。




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