絶対神で男の娘で俺を好きすぎる友人が俺のママになりたいらしいので旅に出ます。
吉楽天
プロローグ
第1話:レグルス、断罪される
誰でも心の中に神がいるものだ。その者が、人間であるのならば。
その青年もまた例外ではなく、彼の中には神がいた。具体的な姿は何もなく、周りに生きる者たちが崇拝して夢を紡ぐように語る全能性も持ち合わせていなかったけれど、それでも彼の心の中には一筋の光の様に神がいた。
彼が生きる『ノットー』は神の揺り籠だ。ノットーは神とその神に仕える千人の賢者がある場所。レグルスもまた賢者の一人であり、例外なく神に仕えている。しかし他の賢者と異なる点があった。それは彼の心に住む神が、ノットーにいる神ではないことだ。
「管理番号0963、出なさい」
「…………」
己の名を呼ばれ、レグルスはゆっくり立ち上がった。居た場所は小さな椅子と簡素な寝台しかない独居房であったが、夜の眠りから覚めてすぐに入れられたので結局椅子しか使っていない。独居房を出ると大理石の廊下が続いている。耳鳴りが聞こえるほど周囲は静かで、この場には案内人と自分しかいないことをレグルスは分かっていた。なぜなら独居房がある棟なんて、滅多に使われる場所ではないからだ。
レグルスは案内人の男の後についていくと、とある部屋に案内された。そこは排泄のための設備があり、そして水場と全身の映る姿見もあった。
「ここで身支度を整えなさい」
案内人はそう言ってレグルスを中に入れると扉を閉めた。レグルスはふーっとひとつ息を吐くと、緩くなっている三つ編みを解いた。寝起きで連れ出され、用足しと着替えだけしか済ませていなかったのだ。ぼさぼさになっている髪を備え付けられていた櫛で解かし、腰まである黒髪を丁寧に編んでいく。伸ばし始めてもう十年だ。髪を結うなんてレグルスには造作もないことだった。あっという間に身支度が整い、おかしなところがないか姿見で確認する。
映っているのは癖の少ない長い黒髪を、一本の三つ編みにした男だった。体格も貧相ではなく、屈強でもない。身長も小さすぎず、大きすぎずと実に特徴がなかった。表情もいつも通り無表情。唯一、印象に残りやすいといえばバイオレットの瞳だろうか。しかしレグルスはあまり自分の外見には興味がなかったので、不快感を与えなければそれでいいと思っている。だから着替えが用意されているはずもないのに、着ている服に皺とシミがないのを一応確認した。いつも通りの白衣だ。シャツやスラックスにもおかしなところはない。
「……いくか」
レグルスは鏡に映っている自分にそう言うと、迷いない足取りでその部屋を出た。廊下には案内人が立っていて、レグルスが出てきたのを確認すると何も言わずに先導するよう進んでいく。レグルスは反抗するつもりもなく、後をついて行った。今度は階段を降り、角を曲がり、廊下の先にある扉を案内人は開ける。
この先の部屋に入る扉は、上の階のものは使ったことがあったが、こちらの扉を潜るのは初めてだった。下の扉を使う者の末路をレグルスは知っていたが、躊躇っても仕方がないとその扉をくぐる。ここまで来てしまっては、逃げ出すことなど不可能だと分かっていたからだ。
やや暗いところから明るいところへと出たので、レグルスは扉をくぐった先の眩しさに目を細める。そして幾らか慣れたころ合いに眼球だけを動かして周囲を見れば、とても広い円形状のホールには大勢の人間がいた。
「こちらへ来て、着席しなさい」
その声が響いたホールには、ずらりと九百人近い賢者たちが大きすぎる車座になっていた。白の石と大理石でくみ上げられたホールは寒々しさがあり、ガラスでできた天井からはたっぷりとした青空が見えている。雲ひとつないそれはコバルトブルー。地上で生きるものであれば、そうとうな高度を持つ山に登られねば拝めないような空の色であった。
それもそのはず。このノットーは地上とは隔絶された場所であり、雲よりも高いところに位置する浮遊大陸である。地上が洗い流された時に上へと逃れられた者たちが作った、一種の楽園のような場所だ。しかしそれは『神』を崇拝し、尽くすことを前提にしている。当然ながら他の神を心に飼うなんてことは許されない。
レグルスは広いホールの中心に、ポツンと置かれた椅子に腰かけた。その瞳には野望もなく、落胆もない。ここから生きて逃げ出そうなど、欠片も思っていなかったからだ。レグルスもまた賢者の一人であるが、大勢の賢者に囲まれた状況で、自身だけの力で一発逆転など不可能なのは明白だった。あがいても無駄に終わる。徒労に終わるとわかっていて、なにか起こす気にはなれなかった。
「これより裁きを始める。罪人は管理番号0963。汝の大罪は、我らが神30-1ではない存在を信仰したことだ」
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