隠しキャラの君と恋がしたい!

及川盛男

本文

『今日の放課後、どこに行こうか?』


 クラスメイトの春野から送られてきたチャット。そのメッセージが表示されると同時に、視界の端にいくつかの選択肢がポップアップした。


『映画館はどう? 28%』

『そういえばスタバの新作が出たんだっけ 78%』

『ゲームセンター行きたいかも 12%』……。


 山城は考えた。一番パーセンテージが高い『スタバ』を選ぶのが定石で、全くそれで問題ない様にも思う。


 だが。一旦立ち止まって、過去のやり取りのログや攻略メモを見返す。すると、彼女の最近の運動への入れ混み具合から恐らくダイエットを志していることが分かる。それにこれまでの返事の傾向から、相手側の趣味にも一緒にハマりたい、というタイプらしい。


 スタバに行くのは当たり障りないだろうが、しかし敢えて大きな進展を狙うなら。


『ゲームセンター行って、身体動かすようなゲームしよう スポーツしたいけど外は暑いし』


 送信後、直ぐさま返事は返ってきた。


『それ最高』


 絵文字や顔文字の装飾なしのそれは、春野からの最高評価が得られたことを意味していた。



 この国の少子化が進んだのはゲームのせいだ、などという政治家からの言われもないバッシングに、ゲームメーカーが激怒して開発を始めたのが事の起こりだった。


 そのメーカーは現実世界を恋愛シミュレーションゲームにすることに成功した。「オルタ」と呼ばれるシステムは、今や国の正式な認可と支援の下、ほぼ全国民が利用している。


 仕組みはこうだ。恋愛対象となりうる相手とコミュニケーションするとき、AR(拡張現実)情報としてその相手との会話、行動の選択肢が表示される。


 その選択肢は趣味嗜好、それまでの行動データ、脳波や脳内分泌物質など、自分と相手が提供を許可したあらゆる情報を元に人工知能が生成したものだ。


 人工知能が提示する会話の選択肢を選んでいくことで、どんな人でも円滑で刺激的なコミュニケーションを取ることが出来る。つまり実際の会話を、まるで恋愛シミュレーションゲームにように行えるというわけだ。


 遠い昔はARデバイスも大きくゴテゴテで厄介だったが、コンタクトレンズくらいの気軽さになった現代では誰もが着けているのが当たり前となっている。そうなるとオルタはいよいよ活躍の場を広げ、それまで一部の恋愛に自身のないオタクだけが使っていたシステムが、今やビジネスや公的な交流の場でも必須のインフラとなり、社会に広く受け入れられた。


 それによって少子化問題が解決したのかはさておき、山城のようなゲームに入れ込みがちな高校生などは、まさにFPSやMMOのような流行りのゲームをプレイする感覚でオルタを通じた恋愛に当たり前のように興じている。


 もちろん、そのような風潮に対して「自分で考えた言葉で想いを伝えなければ意味がない」であるとか、「人間の精神的・文化的な成長の機会を奪ってしまうことになる」といったような非難も方々から飛んできたが、インタビューの場で開発者はその声に対し次のように答えている。


『そんなことおっしゃいますけどね、僕が子供の頃からパソコンやスマホの予測変換は勝手にそれっぽい言葉を提案してくれていたし、昔だって自分の想いを伝えるのに相応しい言葉を調べるために辞書を引いたりマニュアル本を参照したりしていたでしょ? それと変わんないですよ。手札の種類が変わっただけで、何を選ぶか、っていうゲーム性は昔からなんにも変わってないんですから、安心してもらいたいですけどね』



 昼休み、春野からの返信を貰ってそこそこテンションが上がっていた山城が彼女からの返信を改めて見返していると、高一からの級友である相原に声をかけられた。


「山城、今日も行くぞカラオケ。放課後なったら中央通りのカラ館な」

「またかよ。お前ホント負けず嫌いだな」


 呆れ顔の山城に、相原は頭を掻いて、


「いや、俺も少し飽きてんだけど、しかし谷崎ちゃんが行きたいっぽくてさ……」


 その言葉に山城は身を乗り出して、


「谷崎? お前、いま谷崎を攻略してんの」


 頷く相原。谷崎は二人の一個下の後輩で、辛口な態度で名の通ったクールビューティーだ。山城も結構痛い目にあった記憶はある、その分、その攻略の過程は刺激的で、得られた成果は甘美ではあったが。


 軽薄そうな相原と一緒にカラオケに行くというのは、それを知る山城にしてみれば中々想像しづらい光景だ。


「でも、意外と音楽の趣味が合ったりしてな……それでさ、一緒に上村さんも連れていきたいっていうんだ。お前、上村さんもそろそろ攻略してみたい、的なこと言ってたろ。それでどうかなって話なんだが」


「あー……」


 そのようなことを言った気もするが、しかしあまり覚えてはいなかった。その程度の気持ちだったのだろう。


「まあでも、パス。俺今、春野攻略中だから」

「そうか……ってマジかよ!」


 叫ぶ相原。


「おい、落ち着けって」

「あ、ああ、悪い……しかし、ついに行ったかラスボス」


 相原が驚くのは、春野が異常なほどに攻略が難しい人物として有名だからだ。告白成功率は0.1%で、それが成功したところで長続きしたという話は聞かない。相原が言うように「ラスボス」、などという陰口めいたあだ名もつけられているくらいだ。黒髪清楚で温和な学年のアイドルに付くあだ名としてはあまりにも強烈だが、しかし敗残兵たちの怨嗟はそれだけ深い。


「いやはや……流石、この学校きってのゲーマー。真剣にオルタやり始めたのはどんくらいだったっけ?」

「さあ、まだ半年くらいじゃないか」


 そう涼しい顔で語る山城に、相原は「気取りやがってこのクソチャラ男め」と非難を惜しまない。


 山城は移行勢だった。

 中学から高校に入ってすぐまでは、FPSやMOBA(マルチプレイヤーオンラインバトルアリーナ)といった、競技性の高いオンラインゲームに入れ込んでいた。しかし高校入学を期に周囲で流行っているオルタによる恋愛ゲームへと移行し、たちまちトッププレイヤーとしての頭角を現していった。


 その高いゲームへの理解度は、オルタに主戦場を移した今でも遺憾なく発揮されている。


 例えば山城の攻略順というのも、相原からしてみれば非常に特異だ。山城はオルタを初めてすぐ、何の脈絡もなく一つ上の学年の森山先輩へ告白した。


 関係性も前提知識もないその告白は当然失敗して、相原ふくめ周囲は山城のトロールプレイを笑った。しかし山城はその後わずか一週間で、中級レベルと目される後輩の七橋を落とし、そして一か月後には通常のプレイヤーの到達点とされるクールビューティー谷崎をモノにしたのだ。


 一体どうやって、という問いに対して、山城は「経験値」や「関係値」、「フラグ」といった独自の要素を持ち出して説明をしたが、それを理解できた人間は周囲にはいなかった。


 しかし確かに言えることは、彼はあっという間にこの”ゲーム”の特性や傾向、はたまた環境といったものを理解し、果てはその仕組みさえ手玉に取った高度な読み合い(メタゲーム)を支配していた、ということだった。


「たった半年でほぼ全クリ状態なんて、やっぱ凄いよお前は……分かった、じゃあせめて何かアドバイスくれよ。谷崎攻略の」


「あー、そうだな……」


 山城は、いくつか提示されたオルタの選択肢の中から一番よくまとまっているものを選んで、


「意外と涙もろくて繊細だから、勘違いしてあまり強く当たりすぎないように、ってとこか」


 相原はふむふむと言いながらメモを取って、パッと顔を上げた。彼の目がちかちかと光る。


「サンキューな! じゃあ代わりと言っちゃなんだが、俺からも攻略情報を」


「は? 誰の?」


 目を点にする山城だったが、相原もまた「何をそんなに驚いてるんだ」と同じような表情だった。


「決まってんだろ、春野さんの、だよ。先輩から聞いた話だけどな――」



 春野とのゲーセンデートを終えた山城だったが、その帰路、彼は完全に上の空だった。


 友人相原から聞いた通り春野はミルクティーが好きで、帰り道に相原推薦のカフェで買ったミルクティーをみて、目を光らせて大層喜んでいた。


 ゲームセンターでも、嫌味ではない程度に自身の腕を見せることもでき、デートとしては完全に成功と言えるだろう。


 しかし、それが逆に山城に鬱屈とした想いを抱かせた。


「――なんだか、飽きてきたな」


 駅のホームで一人、ぽつりと呟く。


 既に誰かが攻略済みの相手。別にそれでも難しいのであれば、クリアすること自体に達成感を得てはいた。


 しかし結局難しいといっても単に難しいだけで、クリアは”出来てしまう”のだ。攻略のルートが整備されていて、その手続通りに物事を進めればいいことになっている。


 デートの途中、トイレの鏡で自分の目を見た。ちかちかと光るのは、オルタが起動している合図だ。それが急に嫌になり、苦しくなり、山城はオルタを切って春野の元に戻った。


 そうすれば、ありきたりなルートから脱線が出来るんじゃないかと期待して。あるいはちょうどいい縛りプレイとして働くことを期待して。


 しかし山城はもう、春野に限らず全校生徒の情報を知り尽くしてしまっていて、オルタなどなくても脳裏に選択肢が出てくるような境地に至ってしまっていた。とっくにアシスト無しでプレイできるレベルに達していたのだ。


 それでも周囲は山城を凄いと褒めそやし、春野までが自分に好意を向けてくれるが、山城本人は満たされない思いに苛まれていた。


 何か、そんな状況を打破するようなものはないか。


 山城は他のゲームの記憶を辿りながら考えた。縛りプレイ、高難易度プレイ、タイムアタックなど、色々あるが、オルタのようなゲームの場合では……。


「そうか」


 そしてついに思いついた。


「隠しキャラだ」



 その日から暫く、山城は周囲に隠しキャラが居ないかを探した。


 隠しキャラ、つまり誰も攻略法を知らない相手さえいれば。その相手に対して、山城は真の自分のゲーマーとしての実力を試すことが出来る。そしてその上で攻略に成功すれば、本物の達成感を得ることができるはずなのだ。


 しかし捜索の試みは徒労に終わった。一人しか部員のいない文芸部の少女はもう幼馴染の男と交際していたし、相原の姉は既婚だったし、保健室の先生は中年男性だった。


 一番期待したのは隣のクラスの不登校児で、無理やりな理由をつけて宿題のプリントを届けに行ったのだが、家の前でいかにもな不良と遊んでいるのを見て踵を返した。


 謎のコマンドを入れようにも入れようがない状況で途方に暮れていた山城だったが、そんな彼に朗報が届いた。


 転校生が来るという。


 転校生の名前は櫻岡といった。短いボブヘアに健康そうに少し焼けた肌、ボーイッシュで勝ち気な雰囲気を漂わせる女子だった。


 挨拶のとき、山城は彼女と視線が合った。瞬間、彼女が目を見開くのが分かった。山城の期待は更に高まった。


 オリエンテーションや周囲の女子からの質問攻めといった通過儀礼が終わった後、すかさず山城は櫻岡に声をかけた。


「櫻岡さん。学校の中、案内させてよ。一応委員長だからさ、委員長らしい事したくて」


 櫻岡は即答した。


「それじゃ、ぜひお願いしようかな」


 何の支障もなく、二人は校舎の屋上にたどり着いていた。そよ風が二人の髪を揺らす。


 先に口火を切ったのは櫻岡の方だった。


「オルタ、切ってるんだ」


 櫻岡の目が好奇に光るのを見て、山城は口角を上げた。


「それに気付くってことは、櫻岡さんも結構ゲーマーな感じ?」


「まあね」


 櫻岡が、すっと近づいてくる。そのまま、ぐい、と顔を寄せてきた。互いの目と目の距離はもう10センチもない。


 彼女の瞳の中に映る自分の顔を、山城ははっきりと見た。オルタが起動しているときは、その光が邪魔して、こんな風に映り込んだりはしない。


 同じだ。櫻岡もオルタを点けていない。期待に応え、予想を裏切る彼女の振る舞いに、山城は今にも踊りだしそうになった。


「そういう君も、ゲーマーなのかな?」


「どうだろう。でも、負けず嫌いではある、何事も。だから縛りプレイとか、やり込みとかはつい熱くなる」


「いいね。わたしも同じ」


 櫻岡は妖しく笑った。


「わたしもハマったゲームは、とことんやり込むタイプ」


 山城は確信した。ついに探し求めていた隠れキャラに出逢うことが出来たのだと。


「じゃ、これからよろしく」


 そう言って微笑みと共に去っていく背中を見て、山城はこれからの櫻岡との展開を想像し、そしてそんな想像すらも上回っていくような展開を期待し、心を浮つかせた。ようやく山城にとっての本当の春が始まる、そんな予感がした。



 教室に先に戻った櫻岡は、周囲のクラスメイトに尋ねた。


「ねえ、山城くんってどんな感じの人なの?」


「ああ、山城? あいつの攻略はなかなか難しいよ。少し捻くれ者だから、こっちも斜めに構えたような、ちょっと俯瞰したような態度で接すると楽に進展できるけど」


 櫻岡は少し思案して、


「……じゃあ、攻略法はあるんだ」


「そりゃね。後輩の谷崎って子とか、もう山城のことクリアしたんだ、とか言ってたし」


 その言葉に、櫻岡は深々とため息を吐いた。


「そっか、県を跨いでまで漁りにきたから今回こそはと思ったのに、結局この学校にも隠しキャラは居ないのかあ……こりゃまた転校かな」

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