第9話
突然の来訪者に驚いて男たちは固まった。
「とお……る………?」
透の登場に男が叫ぶ。
「なんだ?!お前は?!」
透は男のその言葉を無視して芹香に近寄る。
「立てるか?」
透の言葉で安心したのか、芹香がボロボロと涙を流す。
「なん………で………透が………ここ………に………?」
「ある事が分かって、やってきたんだ。」
「とりあえず、ここを出るぞ。」
「……うん。」
「おい………。」
芹香と透に男が低い怒り声で口を切る。
「こんなことして、ただじゃ済まねーぞ………。」
その言葉使いが男の本来の口調だろう。低く、唸るように言う。
「てめぇら、ただじゃおかねぇからな………。」
その言葉に透が言う。
「じゃあ、正当に警察呼ぶ?」
「けっ、警察?!」
警察という言葉にうろたえるような動きをする男たち。
「芹香、何をされた?」
「えっと……、耳に息を吹きかけられたり、甘噛みされたり……、だけど……?」
「いやだって言ったか?」
「え……?うん、やめてって言ったけど止めてくれなくて……。」
「……そうか。」
透はため息をつくと、更に芹香に言葉を発する。
「へっぽこな顔してるから、変な奴に絡まれるんだよ。」
「へっぽこっ?!」
「どうせ、ふにゃーとした顔で歩いてたんだろ。だから、付け込まれたんだよ。」
「ふにゃー?!」
「ホント、昔から隙だらけだな。」
「はぅっ!」
透の意地悪な言葉に完全ノックアウトを食らう芹香。そんなやり取りをしている時だった。
「警察だ!!」
警察官が数人なだれ込んできて、男たちが拘束される。男たちは未成年にわいせつ行為をさせようとしたこととわいせつな事をしたという事で警察に連れて行かれた。
そして、その時の警察官にグラスのことを聞かれて「これです。」と、伝えると、水が入ったままのグラスを持っていった。
ビルを出ると、透の父が近づいてきた。
「大丈夫かい?芹香ちゃん」
「え……?おじさんまで?えっと、どういうこと……?」
芹香と透は透の父の車で警察署に行くことになった。そこで署長をしている透の父が署長室に二人を通す。
ソファーに座るように勧められて芹香と透は腰を下ろす。そこへ、女性職員がお茶を運んできてくれる。そのお茶を飲んで一息つくと透の父が話をしてくれた。
「実は、この管轄である事件が発生していてね。被害者の女性もそれなりに多いらしいのだが…………。」
「らしい……?」
透の父の言葉に芹香が疑問の言葉を唱える。どうやら、話はこういう事らしい。
今年の春ごろから、若い女性をターゲットにしてわいせつな行為をさせるという出来事が起こっていたのだが、被害者の女性に話を聞いても話してくれず、尻尾がなかなか掴めなかった。しかし、ある被害女性が勇気を出して話してくれたことにより、少し実態が把握できたのだという。
その内容は、どちらかというと従順で大人しくて体感が敏感な女性に的を絞り、「モデルをしないか?」と声を掛ける。そして、事務所にやってきた人で、言いくるめることができない人は水の中に溶かして入っている媚薬を水だと偽り飲ませて、そういった感覚を刺激させて行為に持ち込む。そして、その行為が終わった後で女性に撮影したビデオを見せながら「こんなことをしている事がバラされたくなかったら、また呼ばれた時は大人しく来るんだよ?」という感じで脅すという手口だった。
話を聞いて芹香の顔が真っ青になる。
あの時渡された水を飲んでいたら………。
透が助けに来てくれなかったら………。
自分も同じ目に合っていたかもしれない………。
芹香が肩を小刻みに震わせる。もしかしたら、自分がとんでもないことになっていたかもしれないと考えると、恐怖感で目の前が真っ暗になりそうだった。隣で透が芹香の様子に気付いて肩を寄せる。
「美味しい話には裏があるという事だ。これからは気を付けろ。」
透の優しいような優しくないような言葉に芹香はどこか安堵感を覚えた。涙が溢れてくる。いつも通りの透の接し方が芹香の気持ちを安心させた。
帰りは透の父が送ってくれることになり、車の後部座席に透と並んで座る。
「ねぇ、なんで私に声を掛けてきた人がその人だってわかったの?」
芹香は疑問に思っていることを透に聞いた。
「あぁ、土方が教えてくれたんだよ。」
「芽衣ちゃんが?」
「あぁ。ちょっと引っ掛かることがあるから調べていたみたいだ。そしたら、あるサイトの書き込みに被害女性からの書き込みがあったんだ。騙されたっていう内容で名刺もアップされてた。で、その名刺が芹香に見せてもらった名刺と同じだったからもしやと思ったんだよ。それに関しては土方に礼を言っておけよ。」
「うん………。」
芹香の家に着くと、玄関の外にいる両親の姿があった。母親の方は真っ青な顔で口元をハンカチで抑えている。芹香が帰ってきたことに気付き母親が芹香に抱き付く。
「芹香!!」
母親はわが子の無事を確認すると、涙を流した。
「良かった……。無事で良かったわ………。」
「ごめんなさい、お母さん……。」
芹香も無事に帰れたことにどこかホッとしたのか涙が溢れて泣き出した。
そして、親に連れ添われながら家に入っていった。
透と透の父は芹香たちが家に入ったのを見届けると、自分たちも帰路に着いた。
透は夕飯が終わり、部屋に戻ると芽衣に電話を掛けた。コール音が鳴り響くとすぐに芽衣が電話に出た。そして、芹香を無事に連れ戻すことができたことを伝えると、芽衣は安堵の声を漏らし、言葉を綴る。
「良かった。じゃあ、事が起こる前に救出できたのね。」
「あぁ。今回の件はサンキューな。土方のおかげで事件の解決もできたし、芹香も無事だった。ホントに感謝してるよ……。」
「まぁ、これに懲りてうまい話には気を付けるでしょうね。」
「でもさ、なんでおかしいって思ったんだ?」
「あぁ、それは正規のモデル業界の規定に芹香では少しズレがあったからよ。」
「規定……?」
「まぁ、それは女性特有の事だからね。気にしなくてもいいよ。」
芽衣の言葉に疑問がありながらも特に興味が無かったので聞かないことにした。
「その知識も小説を書くために必要だったことがあったのか?」
「過去の作品でね。その作品でモデルが出てくる話を書くときに調べたことがあったのよ。だから、おかしいと感じたってわけ。」
「すごいな……。」
「まぁ、その時の知識が今回のようなことで役に立つとは思わなかったけどね。」
そんな会話をして、電話が終わった。芽衣は電話が終わるのを確認してスマホの画面を見ると、メールが届いていた。芹香からのメールで「ありがとう」という事が書かれている。芽衣はそのメールに小さく呟く。
「……全く、ホントに手がかかるんだから……。」
そう言いながら優しく微笑む。そして、机の引き出しから一枚の写真を取り出す。
「私のことなんてきっと覚えてないでしょうね……。」
写真を机の引き出しに戻し、スマホを手に取る。
「もしもし、真奈美?明日だけど……」
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