恋愛ついでに除霊されそう

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 信じられないことに、今俺は全速力で校舎の中を走りカップルから逃げている。頼むからどっか行ってくれ頼む頼む……。俺は手をすり合わせて神様仏様に祈った。生前は無神論者だったというのに。


 どうしてこんなことになったのかというと、彼女の方をみんなでからかって遊んでいて、度が過ぎて一線を越えてしまったからだ。そんなつもりはなか……いや、結構あったかもしれない。


 あ、違うぞ、いじめてたってわけじゃないんだ。ただ構って欲しいというか、遊んで欲しかっただけなんだ。わかってるくれる人なんて何十年ぶりだったから。


 彼女はこの学校に通う高校三年生の宮野志保みやのしほちゃんだ。決して明るい方ではないけど、ちゃんと学校に来ていっぱい勉強をして少ないけど友達もいて、スポーツはちょっと微妙な、どこにでもいる普通の子だ。ある一点を除いては。


 そう、彼女は霊媒体質で、俺達はなんとなーく引き寄せられちゃうっていうか、めちゃくちゃ魅力的に感じちゃうんだよね。俺達の間では何百年に一度のアイドルだってそりゃもう話題になってた。校内で知らないやつはいなかっただろうな。


「っと、ここまでくれば……」


 俺は体育館の更衣室に逃げ込んで、ロッカーの中へ隠れた。一息ついて、見つからないように気配を消して、カップルが諦めてくれることを祈る。この学校には夜勤警備のおっちゃんがいるはずのに何してるんだか全く。生徒の安全守れてないじゃん。


 しかし、よくよく考えたら志保ちゃんは可哀想な子だ。体質は生まれ持ったもんだから捨てられない。俺だって迷惑になるようなことはしたくなかった、根はとってもいい子だし。


 でも、認知してくれるって幽霊からしたら喜ばしいことなんだ! 誰にも相手されないままずっといるより遥かに良い。見てくれる、聞いてくれる、反応してくれる。しかも可愛い盛りの女子高生が! これで浮つかないなんて幽霊じゃないぜ! ってことで、俺達はほぼ毎日のように志保ちゃんに遊んでもらっていたわけだ。


 で、彼氏を名乗る男が今夜やってきたんだけど、そいつが他の学校に通うイケメンの祓い屋だったのよ。カラス共に話を聞いたら、俺達がちょっかいを出しまくったから、怖さに耐えかねた志保ちゃんが連れてきちゃったらしい。「お願い、私を守って」なんてひっついちゃってまぁ。彼氏の方も「俺が志保を守るから。絶対に」とか決意しちゃっていいねえ青春ってやつだねぇ。


 そりゃそうだよな、自分にしか見えない幽霊に朝から夕方まで声かけられたり脅かされたりしてるんだもん。クラスの大半からは変な目で見られちゃって、教師からの評価もあんまり良くないことを俺は知っている。祓い屋を連れて来るって知ってたら、もうちょっとマイルドにしたのになって思う。今となっちゃ遅いっぽいけど。


 それで彼氏の祓い屋、これがもう無茶苦茶強いのよ。名家の坊っちゃんらしいんだが、いつも絡んでる連中らがあっさり昇天させられちまった。『この世に未練たらたら連盟』まで結成したっていうのに。囚われから開放された~とか言って嬉しそうに逝きやがって、ちくしょう! 裏切り者め!


 更に学校の中で一番強いって言われてる、創設者に似てるってだけで銅像に憑依して百年くらいキャリア積んだおっさんまで秒で昇天させられちまった。理性を失って本能だけで人間を貪り食ってる話の通じない怨霊もいるんだけど、断末魔が聞こえたから多分祓われたんだろうな。となると、残っているのは俺だけ。


 諦めてお札でも貼られてしまえって? 馬鹿野郎、逃げるに決まってるだろ。未練がましいんだよこっちは。有名大学への進学を勧める親の期待が重くて、重圧に耐えられなくて屋上から飛び降りちまった俺は、まだ青春の「せ」も味わってない!


 女の子と腕組んで歩いたこともない! 夜の学校に忍び込むなんて悪いこともしたことない! なのになのに、二人は吊り橋効果かなんだか知らないけど祓われる度にめっちゃいい雰囲気になっちゃってさあ! 除霊は恋愛のついでかよぉ! 泣きたくなってきた。俺のことはほっといてくれよとっとと帰ってくれよ、もうちょっかい出したりしないからさぁ……。


 カツカツと足音が聞こえる。ああ、このまま体育館の方へ降りてくれ。そしたら君らが来た道を折れが戻って逃げるから。頼む頼む一生のお願いだから……!


「あっ、あそこ、奥から三番目! 一番しつこかったやつがいる!」


 志保ちゃんの声だ。マジか、ここまで気配消しててもわかっちゃうのか。こちとら息も止めてんだぞ、生きてないけど。一番しつこかったって? いやいやもっと悪質なやつとかいたでしょ?? 俺止めに入ってとばっちりくらったこともあるのよ志保ちゃん???


「見つけたぞ、ストーカー幽霊め」


 ロッカーが強引に開けられて、祓い屋と目が合ってしまった。なるほど見れば見るほど顔が整ったイケメンだな、身体があったらぶん殴ってやりたかった。


 あ、俺もうだめっぽいわ。だって彼の後ろに蓮の花見えてんだもん。五色の雲から後光見えちゃってんだもん。お経が心地いいんだもん。あーあ、生きてたら志保ちゃんとお友達くらいにはなりたかったな。段々頭がふわふわしてきた、せめて最後に呪いの一つくらいかけ、て……やり……この、カップル、に、破局を…………!


「もういいぞ志保。終わった」


 一番未練がましい魂をあの世へ送り、男が振り返る。肩を軽く回し、ようやく面倒事が片付いたとため息をつく。


「ありがとう和兄ぃ、彼氏のフリまでしてくれて」


 志保はほっと胸をなでおろし、これでようやく日常生活が脅かされず受験勉強に集中できると喜んだ。その目にはうっすらと涙が滲んでいる。


「その方がストーカーには効果があるからな。流石に血縁関係までは知らなかったか」


 志保の兄、宮野和樹みやのかずきは泣きそうな妹を宥め手を引き、警備員が来る前にさっさと帰るぞとロッカーを後にした。

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