大魔導士の娘は魔女たちの楽園を破壊する ~魔法の才能が開花する時、少女の反逆が始まる~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

「向こう側」の景色

 わたしは自分の背丈よりもずいぶんと高い壁の近くに立っていた。

 一見するとそれは分厚い外壁のようだけれど、わたしの目を通せば魔法で張られた結界だということが分かる。

 認識阻害の術は仕組みさえ理解できれば、視界を遮ることはない。

 

 わたしは壁を見透かして、その向こうにある景色に目を向けた。

 どこかへ続く道とそれに沿うように広がる森。

 すでに何度か確かめたが、今まで誰も通りがかったことはない。


 わたしは希望を見出すように、向こう側の情景を想像する。

 さわやかな緑の匂いと吹き抜けるそよ風。

 そこには小鳥のさえずりが響いている。


「――ライラ、そんなところで何をしているの?」


 心に浮かんだ景色に集中していると、誰かに声をかけられた。

 声のする方を見ると年長者のドリスがこちらを見ていた。

 

「あっ、いや、ただ……空を見ていただけです」


「壁にはあまり近づかない方がいいわよ」


「……はい」


 わたしは壁の近くを離れてから、散歩をしているように見える動きで歩いた。

 少し移動して振り返ると、ドリスの気配はなくなっていた。

 彼女の顔色がすぐれないように見えたが、そのことを考えないようにした。




 ――壁の外は危険に満ちている。

 ここではそう教えられて成長する。


 危険な魔物が闊歩しており、若い女が一人で出歩こうものなら、野盗に襲われて身ぐるみ剝がされる上に悲惨な目に遭わされるという。

 ここには老いた農夫しかいなくて想像するのは難しいけれど、ほとんどの男は女を見れば見境なく乱暴するとも聞かされた。


 壁の内側は一つの町のようになっており、生活する上で困るようなことはない。

 聖母と呼ばれる存在が実質的な主導者で、実はその女は魔女だった。


 わたしはうんざりするような気持ちになりつつ、居場所である書庫に戻った。

 扉を開けて中に入ると奥に進んで、木製の椅子に腰を下ろす。

 

 正面を向くと、整理された本が並ぶ書棚が目に入った。

 司書になってから年代別、種類ごとに分けたので、整頓されている。

 結界の内側は鮮度維持の魔法が発動しているようで、年代物の本も劣化せずに残っている。

 魔女はここにある本が影響を及ぼすことはないと高を括っているみたいで、わたしが来るまでは放置されていた。

 まるで忘れ去られたようなこの場所は、わたしに色んな知恵を授けてくれた。




 それから翌日のことだった。

 自宅を出て書庫に向かっていると、同年代のグレンダに声をかけられた。


「昨日、ドリスが亡くなったそうよ」


「――えっ」


 あらかじめ予期していたこととはいえ、それを耳にして驚きを隠せなかった。

 

「……大丈夫?」


「う、うん、平気」


「十二時に弔う会があるから、来るようにって」


「分かった。ありがとう」


 グレンダは伝えて回る役を任されているようで、どこかへ歩き去った。

 二十歳のドリスがいなければ、次の年長者はわたしとグレンダだった。

  

「今は十八歳だから、あと二年しかない……」


 わたしは足元がふらつくのを感じながら、どうにか足を運んで前に進んだ。

 書庫の前にたどり着くと、すぐに中に入っていつもの椅子に腰かけた。


「……ドリスが死んだ。やっぱり、二十歳になると死んじゃうんだ」


 壁の内側の世界では当然のことのように受け入れられているけれど、わたしはそれがおかしいことだと知っていた。

 自分に言い聞かせるように、今の時点で分かっていることを整理する。


 一つ、一部の例外を除いて二十歳になった後は必ず死んでいる

 二つ、わたしたちは魔女が生命力を吸うための養分でしかない

 三つ、おかしいことに気づいているのはわたしだけ


 これらにたどり着くまでは断片的な情報で推測するしかなかった。

 雲を掴むような日々の中で、書庫の奥にしまわれた手紙を見つけたことが転機になった。

 誰かに見られるわけにはいかなくて、その手紙は燃やして処分してある。

 書き写すことも安全ではないので、何度か目を通して内容を記憶した。

 あの時のことは衝撃的で、今でも鮮明に焼きついている。

 

 ――その手紙は謝罪から始まっていた。 



 この手紙を手にしたあなたへ


 ごめんなさい、あなたがそこにいるのは私たち狩猟者が原因です。

 狩猟者とは夜闇に紛れた略奪を行う者たちを指しています。

 そして、狩猟者は物資だけでなく、小さな子どもを連れ去ることも行います。

 壁の内側にいる人間のほとんどは連れ去られた子どもたちです。

 

 私は略奪や人さらいを続けることに疲れてしまいました。

 それをあの女に伝えたところ、あっさり厄介払いされました。

 今までは狩猟者ということで生命力を吸われることは免れていましたが、この先は何もできずに死を待つことしかできません。


 あの女に従うだけの狩猟者が書庫を訪れるとは思えないので、きっとこれを読んでいるあなたは狩猟者ではないでしょう。

 そうならば、あなたもあの女に生命力を吸われています。

 大人になる頃には生命力が尽きて衰弱死します。


 ですが、早まらないでください。

 壁を正面から突破するのは無理です。

 仮に外に出られたとしても、あの女に気づかれてしまう。


 あなたに時間がどれだけ残されているか分かりませんが、私が外でかき集めた魔法の本を書庫に保管しておきます。

 載っている魔法の中には外へ助けを求めることができるものもあります。

 どうか、あなたに魔法の素養があることを願います。

 運が良ければ、誰かが助けてくれるかもしれません。


 せめて死ぬ前に贖罪をしたかった。

 その思いでこの手紙を書きました。


 ああでも、死ぬのは怖い……。



 最後の方は震えるような字で締め括られていた。

  

 手紙を読み終えてから、わたしと同じように死を恐れていたのだと思うと、胸が締めつけられるような気持ちになった。

 その後、書庫の中を探してみると魔法の本を見つけた。

 助かる道はそこにしかないと思い、たった一人で魔法を覚えることにした。


 ――そして、わたしはその過程で自分に魔法の才能があることに気づいた。

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