第45話

 園川は警視庁の会議室にいた。


 長テーブルを囲むように3席ずつ、合計で6席が向かいあうレイアウトだった。


 園川の右手に玲奈、そのさらに右に葉仲がいた。


 葉仲は髪を後ろにたばね、白いブラウスに桃色のカーディガンをはおっていた。また、葉仲の椅子の横には大きなリュックが置かれていた。


 園川は複雑な気持ちで葉仲の横顔を見ていた。まだ葉仲には自分の正体を伝えてはいない。もし彼女が本当のことを知ったら、どんなことを言うだろうか。


 『僕の正体は、ブルーエッジなんだ』


 そんなことを言ってなんの意味があるだろうか? これ以上事態を複雑にする必要はない。


 そんな風に思い、園川は黙っていた。




 3人の正面側に岸中がノートパソコンを開いて座っている。


 そこで岸中は言った。


「さて、土曜日にもかかわらず、集まっていただきありがとうございます。とくに葉仲さん。ご足労をおかけしました。どうぞよろしくお願いします」


 葉仲は頭を下げて、


「こちらこそ、よろしくお願いします」

「それでは、どうしましょうか。僕から、色々お聞きしていってよいでしょうか?」

「わかりました」


 こうして岸中は質問をはじめた。




「それでははじめに、あなたと、輪神教会との関わりを教えていただけますか?」

「はい。わたしは東京で、医療事務の仕事をしていました。そのとき、ヘヴン・クラウドにはまりはじめていて。ある日、『サニーデイパーク』というヘヴンで、集会を見たんです。そのときは、代表がおもしろい話をされていました」

「そこで、入信したということですね」

「なにが入信かはわかりませんが、たぶんそうなります。そこで輪神教会のメーリングリストや、チャットに参加しました。現実でも、たまに集まりに参加したりもしました」

「なるほど。そのときは、本拠地は東京だったんですね」

「はい。わたしが加入する1年くらい前に、代表は、東京に引っ越してきたみたいです。また、玲奈さんも、東京の大学に通われていました」

「葉仲さんが入られたときは、どなたがいらっしゃいましたか?」

「会員は、30名ほどだったと思います。主だった人ですと、代表、玲奈さん、黒部さん、戸澤さんあたりです」

「さて、核心のお話ですが。葉仲さん。あなたは、代表がどのように亡くなったか、ご存じでしょうか」

「……代表が、どのように」

「そうです」

「わかりました。お話します。代表は、輪神教会のメンバーが保有する家にいたようです。黒部さんが、玲奈さんを盾にして、言うことを聞かせていたようなんです」

「なるほど……。代表が亡くなったときのことは?」

「いちどだけ、あの家に行ったことがあります。年末ごろに、代表のお世話のために。まさかあんなことになっているなんて思いませんでした。代表は、大丈夫だよ。自分の意志でこうしているんだっ、て。でも、代表は、黒部さんに脅されていました」

「脅されていた?」

「ええ。……言うことを聞かないと、玲奈さんをひどい目にあわせるぞっ、て。それに、常に見張りが2人以上いました。そこでわたしは代表に、玲奈さんが軟禁され、洗脳を受けていることをお伝えしました。代表のことを盾に、玲奈さんが逆らえなくなっている、って。そのとき、代表がなにかを決意されたような感じがしました。代表は、玲奈さんのために、2階から、みずから飛び降りたんじゃないかって。……そう思います。目立つ形で、世間にそれを見せつけて、玲奈さんが、自由になるように」

「それじゃ、代表は、お嬢さんのために、死ぬ気で飛び降りたんじゃないかって。そうおっしゃるんですね」

「はい。2階なので、しばらく息があったみたいですが、打ちどころが悪かったのか……」

「それで、黒部のいまの居場所は、どこかご存じですか?」

「はい。黒部さんは、静岡県の、ある場所の地下にいます。それに、わたしは……」

「はい、なんでしょう」

「黒部を止めないといけない。それを知っていたのに、甘えていたんです。わたしは……。あんな金のために」

「どういうことです?」

「わたしは、全部が終わったら、黒部さんからお金をもらえることになっていたんです。それで、奨学金を返せるし、両親や弟に、楽をさせてあげられる。そう思いました。……でも、耐えられなかった。だからわたしは、きょうまで、これを持っていたんです。あの日、黒部さんから、手渡されました。即刻処分しておいてくれって。代表が亡くなった、あの日……」


 そこで葉仲は脇に置かれていたバッグを開いた。するとそこには、ビニール袋に入った黒いコートらしきものがあった。


 葉仲はそれをテーブルに置いて、


「これは黒部さんのコートですが、代表の血痕が付いています。代表が亡くなった日、代表と黒部さんがもみ合ったようなのです」

「なんだって?」

「これは、確固たる証拠になるのではないでしょうか?」

「ああ。鑑識に調べてもらわないといけないが、本当なら、もちろん重大な証拠になる!」

「あと。それに、まだお伝えしなければいけないことがあります」

「まだほかに?」

「はい。凍土と呼ばれるヘヴンに、大元のクリスタルが存在します」

「大元のクリスタル?」

「ええ。マスタークリスタルという、クリスタル自体を生み出せるものなのです。そのため、これまで被害がなくならなかったのです」


 岸中は驚いたように目を広げ、


「マスタークリスタル。そんなものがあるなんて」

「……わたしが凍土の、隠し場所へとご案内します。ですから、どうか、黒部さんを止めてください。お願いです。これ以上、輪神教会が人々を苦しめるのを、見たくないのです!」

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