第1章 出会い、それから別れ

第1話

 男は真っ白な空間にいた。


 そこはあたり一面が白い大理石で構築された、巨大な神殿の中だった。


 男の前方の空中には、巨大な『顔』がある。


 その顔は銀色の金属質で、目は閉ざされている。また、顔の輪郭は荒い粒子となり、白い神殿の背景へと溶けこんでいくように見えた。


 男はその顔を、神であると認識していた。ヘヴン・クラウドを統べる、真の天国への導き手であると。


 すると、神は目を開けた。


 その瞬間、周囲の風景が魔法のように切り替わり、遠大な宇宙空間となる。


 無数の星光がほとばしり、星雲が渦巻き、彼方に太陽が燃える暗黒の世界が。


 神の口が開くと、低く不思議な抑揚を持った声が韻々とこだました。


「もはや、迷うことはない。輪の境地に、いたるときがきた」


 男は呆然とした表情で「ああ」と感嘆し、すがるように両手を上げ、その心と体を宇宙に投じた。



   *   *



 9月1日の初出社の日、朝8時28分に園川祐貴は『クラカミクリエイティブ』が入っているビルの前に立った。


 前職のときから毎日着ていたグレーのスーツに、新調した紺色のネクタイを締めている。


 ビルの1階にある銀色の社名プレートは、最上階の12階からはじまり、7階に『クラカミクリエイティブ』の名前があった。その社名の先頭には、社名のイニシャルを元に作ったであろう『KC』のロゴがある。


 勤務開始は9時からだが、さすがに30分も早く行くことはない。そこで園川はスマートフォンを取り出してSNSを見る。


 気になる投稿は見当たらなかったが、しばらくスワイプしていく。すると、ひとつの投稿に目が留まった。


 ――40代男性が自宅で変死。頭部にはヘッドマウントディスプレイを装着し椅子に座った状態で発見――


 その瞬間、園川の脳裏に過去の情景がひらめいた。しかし、頭を振ってすぐに忘れようとした。もう、終わったことなのだから。


 園川はスマートフォンをしまい、エレベーターに乗りこむ。


 クラカミクリエイティブのオフィスは30人程度は働けそうな間取りで、ITベンチャーらしくスマートな印象だ。陽当りがよく、あらゆるものが輝いて見えた。


 立ち並ぶ大きなディスプレイ、コーヒーメーカー、バランスボール、ロボット掃除機。さながらにトレンディドラマのセットのようだ。


 ――そういった光景の中、異質な一角がある。


 部屋の奥に黒い壁と扉に覆われた個室席というかブースが3つ見えた。むろん『アレ』をあつかう会社なのだから、外部から遮蔽された専用の席があって当然なのだろう。


 少し早めだったこともあり、4人のみが出社していた。園川は挨拶をしようと息を吸い込む。


 ――するとそこに、おはようございます、と女性が入ってきた。セミロングに前髪をたらしており、くっきりとした眼が印象的だった。その右手の内側には、薄桃色の腕時計が巻かれていた。


 女性は落ち着いた口調で、


「きみ、たしか、今日からの……」


 はい、と園川は答えた。


「園川と申します。よろしくお願いします……」

「わたしは、篠原といいます。どうぞ、奥へ」

「あ、ありがとうございます」



 9時になる頃には全員が出社し、園川を囲んでそれぞれの軽い自己紹介をし、日常がはじまった。


 さきほどの女性――篠原玲奈は園川の上司にあたるエンジニアだった。エンジニアは全員で4人、玲奈と園川のほかに2名がいた。


 デザイナーは5名、営業は5名、その他の部門も含め全体では20名ほどの会社だった。


 エンジニアが集まる区画は、4席が向かい合う配置になっており、園川の正面に玲奈、左手には終始不機嫌そうな太った男のエンジニアがいた。

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