第5-2話 後編

◇大野家

真琴と珠希は、再び大野家を訪ねた。

「聡さん、ちょっと上半身を脱いで見せてくれませんか?」

真琴が切り出すと、「これは祖父の弁護に関係あるんですか?」と、抵抗を示した。

「えぇ、大いに関係あります」

すると、聡は諦めたように服を脱いだ。

そこには、無数の痣と切り傷の縫合痕があった。

「この傷は、孝介さんを殺害時に争って刺してしまった傷ですよね」

「違う、偶然だ。この傷は、別の時にできた傷だ」

「そうですか。では、このジャンバーの切れている部分と傷の部分を合わせてみましょう。このとおり、一致するでしょう」

「それは…」

「あなたは、物理学の研究者になる道を父である孝介さんに止められたから、犯行を行ったんですよね」

「違う…」

聡は、小さくつぶやいた

「それだけじゃない、あいつに僕は教育虐待をされていたんだ」

「聡!」

母の由美さんが止めにかかるが、堰を切ったように聡は語りだした。

「あいつは、僕に教育虐待をしていたんだ。小さい頃から勉強を押し付けられ、時には暴力も振るわれた。もう耐えられなかった。そんな時に、大学院をやめて会社を告げと言われ、断ったのだが暴力を振られ、もう殺すしかないと思って殺した」

「祖父の晋作さんを巻き込んだのはなぜ?」

「あいつも学歴至上主義で、僕のことを学歴でしか見なかった。それに、父の暴走を相談しても、相手にしてくれなかった。あいつも僕を無理やり後継ぎにするために、父と画策していた。だから、冤罪で牢屋で殺してやろうと思ったのさ。

母さんは、無理やり今回の作戦に参加してくれたんだ。

俺がすべて悪いんだ」

「そうですか…」

真琴には、かける言葉がなかった。こういう時、どういう反応をしていいかわからなかった。

「それは辛かったね。その痛み、私にはすべては分からないけど、辛かったことは分かる。

でも、やっぱり罪から逃げることはよくないよ。この先の人生ずっとついて回るよ。

大丈夫、今の話で刑事裁判で弁護士がしっかり情状酌量を求めてくれるよ。

もう我慢しなくていいんだよ

裁判でケリをつけよう」

珠希が声をかけ聡を抱きしめると、聡は堰を切ったように泣き出し、今までの痛みを涙で流していた。

真琴は珠希の温かい表情に胸が締め付けられた。


落ち着くと、聡は

「俺の弁護、先生に依頼したい」

と珠希を指定してきた。

「先生、一緒に自首に付き合ってくれないか」

「もちろん、引き受けさせていただきます」

では、早速警察署に行きましょう。

真琴と珠希は、聡をつれて近くの警察に出頭した。


事件は、真犯人の逮捕で、晋作さんの不起訴・釈放が決まった。

だが、出てきた晋作さんは、非常に辛そうな顔をしていた。

「そうか、私と息子の育て方が悪かったのか…昭和の時代は後継ぎは当たり前だったから、私も聡の気持ちに気付いてあげることができなかった」

「そうですね。後継ぎは、会社の有力者から選ぶのが公平でしょう。世襲制は問題も多いですから」

「そうだな。このことにもっと早く気付くべきだった」

晋作は、なおも項垂れており、冤罪が晴れた嬉しさより悲しみが強く、気落ちした表情でタクシーに乗って去っていった。


◇桐生法律事務所

真琴は、不思議な感情を抱いていた。

珠希と事件を解決してきた中で、小学校から抱いていた恋心のようなものが肥大化していった。

珠希が企業法務部の若い先生小川真一と話していると、胸がモヤモヤするのだ。

彼女のようなもの…と生徒たちにはいったが、正式にはまだ付き合っていない。

すると、小川真一が珠希を分かれ、こちらに向かってきた。

「真琴先生は、顔に出ますね。

大丈夫ですよ。珠希先生を取ったりしませんから」

「え!?マジ?顔に出てた」

「えぇ、珠希先生企業法務部でも、あなたの話ばかりですよ

企業法務部でも、あなたたちがいつくっつくのか、恋愛漫画感覚で待ち望んでいたんですよ。

いつか渡す機会を見計らっていたのですが、今でいいでしょう。

私が顧問をしているホテルのレストランの招待券です。

バシッと告白決めてきてくださいよ」

そういうと、小川は2枚のチケットを置いて、去っていった。


◇帝都ホテル 高層階レストラン

真琴は意を決して、珠希をレストランの食事会に誘った。

真琴はいつものスーツだが、珠希はお洒落なドレスを着てきた。

「まこちゃんがこういう所誘うの珍しいね」

珠希は何も気づかず、メニュー眺め注文する。

僕は緊張でメニューを選ぶ余裕はなく、珠希と同じものを注文した。

料理が来るまでの間、ワインを飲みながら二人で談笑した。

当たり障りのないたわいのない会話だが、真琴にとっては緊張した。

もう耐えられない…真琴はワイングラスを置くと珠希の方を見て

「珠希、大事な話がある」

「なぁに」

珠希は仕事の話だろうと思っているのか、食を進める手を止めない

「珠希と僕とは、保育園の時からの付き合いだよね」

「そうだね」

流石に何かを察したのか、珠希はフォークとナイフを置く

「僕は、小学校のころからずっと珠希の横に入れることが嬉しかった。

ずっと珠希の横にいたいと思うようになった。

僕には至らない点も多い。

だけど、珠希を好きな気持ちならだれにも負けない。

幸せにします

どうか僕と結婚を前提に付き合ってください」

真琴が告白をすると、珠希はしばし黙っていた。

すると、珠希の目から涙が流れてきた。

「やっと言ってくれた。私も好きです。大好きです。

私こそ、結婚を前提に付き合ってください」

こうして、ただの幼馴染から『幼馴染カップル』になったのだった。

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