ジョルノ・ポーツと精霊錬金

福山典雅

第1話 バロウィドの荷物

 王都クリンス・ビグルは、七色の魔法都市としてその栄華を誇っている。


 天空には大小様々な魔導船が行き交い、精霊石を使った文明が至る所でその恩恵を発揮していた。それは一般王都民とは別に、魔法の才ある「ウォルフ」、発明錬金の才ある「ドォルフ」、そう呼ばれる才ある人々がその発展を担っているからだ。


 その才ある子供達が通う【魔法と発明錬金の学院ノルジュ・コールス】。


 今日はいつにも増して賑やかだった。学院に通う子供達の笑顔が5割増しに感じられる。理由は明白だ。実は明日から子供達が待ち望んだ夏休みが始まる。


「僕はお変態になる!」


 ジョルノ・ポーツは友人であるエメット・ジョーンズに、そう高らかに宣言した。


 紺碧の髪とオレンジ色の瞳を持つ10歳の少年ジョルノは、驚く友人に対し何故か誇らしげだ。エメットはその蒼い瞳を見開き、「またジョルノがおかしな事を言い始めた!」と、内心そっとため息をつく。


「ジョルノ、ちょっと何を言ってるか分からないんだけど」


 呆れ顔のエメットに対し、益々得意げに胸を張るジョルノ。


「ふふん、僕はお変態になるんだよ、エメット!」


 再び繰り返される力強い言葉と、その好奇心に満ちた瞳。エメットは冷静に観察し「これは、駄目なやつだ」と判断した。


「ジョルノ、わかったから、とにかく帰ろうよ。今日はバロウィドさんの所に行くんだろ?」


「あっ、そうだった! すっかり忘れてた!」


 さりげなく問題の先送りに成功したとエメットは安堵しつつ、無邪気に帰り支度を始める友人の姿に、「やれやれ」と肩をすくめた。




 ノルジュ・コールス小等部。その中で学院創設以来、僅か数人しかいない「ジュ・パンセ」と呼ばれる存在。魔法と発明錬金の両方の才に恵まれた特別な少年ジョルノを、親友のエメットは「面白いけどたまに痛い子」と内心嘆く。




「バロウィドさ~ん!」


 ジョルノは錬金魔具師バロウィドが経営する店舗にいた。居並ぶ摩訶不思議な魔道具を他所に、誰もいない店内を見まわした後、奥の重厚な扉へ向けて無邪気な声で叫んだ。


 さて、少し前の話。学園からこの魔道具街までの道すがら、心配したエメットはジョルノの「お変態」発言の真意を聞いて呆れる。その真意とは昨日読んだ英雄譚にある。主人公が「お変態」っぽかったから「自分もそうなる!」と決めたらしい。


「もう、馬鹿じゃないの?」とエメットは言わない。この純粋な友人を傷つけない様に、


「物事は確かに真似から入るのが大事だけど、それは形であって個性は違うんじゃないかな? ジョルノにはジョルノの個性があるだろ?」


 と優しく注意を与えた。すると「なるほど、そうだね、うん、そうだ!」とお変態希望はあっけなく覆り、エメットはそっと胸を撫でおろす。




「なんじゃとぉ! えええい、もういいわ、馬鹿もん! お前なんかルグレのスープに叩き込んで、じっくりコトコト煮込んでくれるわぁああ、へへんだぁ!」


 扉越しに何やら子供っぽい罵倒が聞こえて来た。


 ジョルノは思わずエメットと顔を見合わせ、「また、癇癪起こしてるね」と言いたげな瞳を向けた後に、「バロウィドさん、いるの~?」と素知らぬ顔つきで工房へ通ずる扉を開いた。


「全く、どいつもこいつも、あてにならん。しかし、これは困ったのぅ……」


 入り口に背を向け魔導通信機の前で腕組みするバロウィド。


 扉を開き入って来たジョルノにはまるで気が付いていない。そこでジョルノはこっそり彼の背後に近づき、その脇腹に手をそっと伸ばした。


「もう! なんで無視するのさぁああ! こちょこちょこちょ!」


「どわははははははは、な、何をするんじゃ! こ、こらジョルノか、やめれ、ひ、ひいいいい!」


 馬鹿みたいにはしゃぐ二人を見て、側にいたエメットが「僕も!」と急いでくすぐりに参戦、3人は大笑いしまくった。


 ひとしきり腹を抱え笑った後、この工房兼事務所の古びたテーブルにジョルノとエメットは座った。そして背が高く爆発する様なもじゃもじゃ白髪のバロウィドが、何故癇癪を起したのか、その理由を知る。


 実は完成した魔道具を注文主に送り届けたいのだが、生憎全ての宅配業者て対応が出来ず、約束の納期に間に合いそうにないという事だった。


 さらに詳しく聞くと、注文主は東の貿易都市ファニブルの領主クレメンテ侯爵である。この国有数の権力者からの注文と聞き、ジョルノは改めてバロウィドの腕の良さに感心しつつ、ふとその胸に疑問がよぎった。


「ねぇ、なんでそんなギリギリになってから、業者の手配をするの?」


 ジョルノの質問にバロウィドは、「何を言ってるんだ?」と不思議な表情を浮かべ、その大きな瞳をくわっとと見開いた。


「そんなの決まっとる。わしの作業が遅れまくったせいだ。それを取り戻そうと業者に最速便をさらに最速にしろと頼んどるのに、どいつもこいつも出来んと言う。だらしない奴ばっかりだ、まったく」


「そ、それって、遅れたバロウィドさんが悪いんじゃないの?」


「おいおい、ジョルノ、それは違うぞ! そういう考え方は駄目だ」


 バロウィドはにんまりとしながら、きょとんとするジョルノに対し、諭す様に力強く言った。


「いいか、問題が起こった時に、誰が悪いの正しいのなんて事を言う奴は、足を引っ張る役立たずのまぬけな奴だけだ。大事なのは問題を解決する事だ。覚えておけ、どんな時でも【それを真っ先に考えられる男】にならんと、お前はモテんな、ひひひ」


「ええっ! じゃあ、僕は解決する方法を考える!」


 傍らで聞いていたエメットは、「バロウィドさんが、なんかいい感じにジョルノを言いくるめてる!」と思いながらも、ある意味正しいので、「これが大人の考え方かぁ」と、ちょっぴり尊敬していた。


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