第22話 二人の秘密
歩は、歩が隠したい過去を知っていると、詩織に半ば脅迫的に呼び出された。約束の時刻、彼女の部屋を訪ねた。
「お姉さま、いらっしゃい」
詩織はアップにまとめた髪を赤いリボンで飾っていた。身に着けているのは白いブラウスに黒のミニスカート、すらりと伸びた足には白いレースのストッキング。ストッキングの右側だけを真っ赤なキャットガーターで止めているのは、実用目的ではなくアクセントで、同じ色のブラジャーがブラウスの下に透けて見えた。
歩は、詩織の色気につばを飲み込む。早くも腰を引く姿勢を取らなければならなくなった。極端な内股で慎重に歩き、ベッドのクマのぬいぐるみの隣に掛けた。
歩を見る彼女の瞳は獲物を狙う女豹のように妖しく燃えている。
「どうでした、私の活躍」
彼女は、昨日、学園長の犯罪を暴いたことを言っていた。その得意げなもの言いは、色香を帳消しにする嫌味なものだ。おかげで歩の男子の
「確かにすごかったわ。でも、詩織さんは、盗みの犯人が学園長だと知っても驚かなかった。なぜ?」
「私だって驚きました。でも、私は学園長をかばおうとは思わない。誰だってそうでしょ。悪いことをしてはいけないのよ」
詩織が、それが正義だというように胸を張る。胸の形がはっきりすると、歩の煩悩が再びざわついた。
「それじゃ、私の悪事でも見せてもらおうかしら」
歩は話の流れを自分の方に引き寄せる。煩悩の手綱を取るように。
「過去は、悪事とは限らないのですよ。お姉さまの善行が映ることもあります」
詩織が中年女性のように赤い唇でおほほと笑い、魔法の準備に取り掛かる。鏡を取ると膝に置き、歩の頬を両手で挟んでさりげなくキスをした。
歩は、3度目のキスを余裕をもって受け入れた。
長いキスの後、詩織は歩の唇に人差指を押し当て、その指で鳴門歩と鏡に書いて両手で隠した。
「精神を集中させて……」
詩織はゆっくりと息を吐き、それからそっと両手をどける。その時、彼女の薬指が不自然に動くのを、歩は見逃さなかった。
鏡には、それを覗きこむ詩織と歩の顔が並んで映り、薄らと重なってアユミの後ろ姿が映った。
その場所は学園の近くにある市立文化センターの廊下だった。鏡の中のアユミが廊下を進み、男子トイレの前で立ち止まる。周囲をキョロキョロとうかがったかと思うと、素早く中に入った。
「お姉さま。男子用トイレに入っていったわ」
詩織が口元を手でかくして大袈裟に驚いてみせた。
「見ないでー」
歩が鏡を隠そうとするのを、詩織が羽交い絞めにして妨げる。
映像はアユミを追って男子トイレ内に移動、……便器の前に立つアユミを背後から映すと、映像は動揺したように揺れてピンボケになり、後退して出入り口の映像に切り替わった。程なく、アユミが男子トイレから出てくる。そこで鏡が割れた。
「ほら、これが秘密……」詩織が不気味に口角を上げる。「……アユミさんは男なのよ。女装して学園に忍び込んでいる」
彼女は歩の手を握ると瞳を潤ませて歩を見つめた。
「私は誰にも話さないわ。2人の秘密にしましょう。私たちは秘密を共有するのよ。だから……」
彼女が歩の胸に顔をうずめた。花のような香りが歩の
「どうして、こんなことをするの?」
歩は詩織の肩に手を置いて
「え?」
彼女が歩を見上げる。その瞳が不安で揺れている。
「あなたの魔法は偽物でしょ。鏡はマジックミラー。裏側にタブレットを重ねていて、動画を映して見せている」
「そ、そんなことありません」
彼女が鏡を背中に隠した。
「入ってらっしゃい」
歩が呼ぶとドアが開いた。朱里が小さな体をさらに小さくして入ってくる。
「詩織さん、ごめんなさい」
謝罪の声が震えていた。
「ネタは全てばれているのよ。彼女が全部、話してくれたから。……さっきの動画は、私が朱里さんに頼んで撮ってもらったものなのよ」
昨日、朱里が動画を編集しているところを見つけて追及すると、七恵が男性を殺した動画も、学園長が盗みを働いた動画も、詩織に依頼されて既存の動画や写真を組み合わせてねつ造したものだと告白した。今度は、アユミが女装して学園に忍び込んだ男性だというストーリーの動画を作るように頼まれたと言う。
歩は、自分の希望通りの映像を取ることを条件に、朱里が動画をねつ造したことを許すと、取引をしたのだ。
「朱里さん、私をだましたのね」
詩織が蒼い顔を彼女に向けた。
「朱里さんを責めないで。私がお願いして作ってもらったのだから。朱里さんを使ってフェイク動画を作ったのは、私と詩織さんは同罪よ」
指摘すると、詩織は歯を食いしばって秘密を暴かれた屈辱に耐えていた。
「どうして七恵さんが人殺しだなんて動画を作らせたの。あんなことをしたら他人が傷つくと分かっているでしょ?」
詩織は何も答えなかった。ただ、目頭に涙をにじませた。
「朱里さん。あなたは帰って。今回のことは誰にも話してはいけないわよ」
念を押すと、彼女がペコっと頭を下げた。
「もちろん、誰にも言いません」
そう言い残し、逃げるように部屋を出て行った。
「さあ、私たちだけになったわ。正直に話してちょうだい。どうして、学園長が盗んだなんて嘘を言ったの」
歩が優しくたずねると、詩織が目じりを上げる。
「それは違うわ。私、見ていたのよ」
彼女の発言は歩を驚かせた。
「現場を見たの?」
「そうよ。あの日は卒業式があるというのに、学園長が急ぎ足で図書館に向かうのを見かけたのよ。変でしょ?……きっと地下にある道具で魔法を使うのだと思ったわ。その秘密が知りたくて学園長をつけたのよ。甲冑の後ろに隠れて、防火扉の隙間から、学園長が金庫を開けて何かを持ち出すのを見たけれど、それが何かはわからなかった。学園長が図書館を出た後で、私は防火扉を少し開けておいた。金庫もね」
歩は、詩織が自分の後をつけて学習室にやって来たように、
「どうして、そんなことを?」
「箱の中身が知りたかったのよ。金庫から何かが盗られたとわかれば騒ぎになる。そうしたら、中身がわかると思った……」
「それじゃ、私が男だというのは?」
今後の活動を考えれば、その答えはどうしても知っておかなければならなかった。
「聞いたのよ。七恵さんが人殺しだと教えた日、お姉さまは図書館の七恵さんのところに行って話したでしょ。あの時、七恵さんが言ったわ。アユミさんが男であるように、誰にでも秘密はあるって。あの時のアユミさんは、実際に男だった」
「また、尾行していたのね……」
あの時の話の内容は思い出せなかった。しかし動揺していたから、男性としてふるまってしまったのかもしれない。
「でもね。私は最初からお姉さまが男だと、なんとなく分かっていたわ」
詩織がそう言って歩を驚かせた。
「なぜ?」
「以前、出会ったことがあるのよ。はっきりとはしないけれど、そんな記憶があるの」
歩には詩織と会った記憶などなかった。
「いつ?」
「それが思い出せないの。でも、お姉さまの顔が記憶の底にこびりついている。当然、男のアユミさんよ」
詩織の話は、過去の世界で見た人魚の顔を思い出させた。しかし彼女は、七恵のようにあのころから生きているのではない。それは一昨日、卒業アルバムで確認したばかりだ。
「……それでどうするのですか。魔法ができると嘘をついたと、警察にでも突き出します?」
詩織が開き直った。
「そんなつもりはないわ。すべてこれまで通り。頤の秘密は口外しない。いいわね」
話が
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます