毎日のコンポジション

残機弐号

生きていようと思った

「生きていようと思った、フィーチャリング太宰治。『水星の魔女』第2期の放送開始日までは」


そう言ってたから、きっとあの子は大丈夫。


「学園バトルが好きだったのに、甘酸っぱい青春アニメだと思ってたのに、途中から戦争アニメになっちゃうんだからなあ」


あの子はそう言って肩をすくめた。あの子の肩に人面相があったら、きっとそいつは「やれやれ」とぼやいたはずだ。


死にたいって思ったことある? 私が不用意な質問をすると、次の日、あの子は大きな袋を持って現れた。


「これ、貸してあげる。もう何百回も読み返したから、返すのはいつでもいいよ」


『ナニワ金融道』全巻の入った袋はずっしり重たく、家に着いたころには両腕が完全に攣っていた。何度読み返してみても消費者金融の仕組みに詳しくなるばかりだ。千回読み返したらあの子に返そう。


その日はガストという気分だった。しかし私はガストに入ったことがない。


ガストって、ドリンクバーあるの? おそるおそる私はあの子に訊ねた。こういう日本語で日本語になってるのか、一抹の不安を覚えながら。


「生きていようと思ったの? ガストに行って、ドリンクバー飲むまでは」


ドリンクバー飲む、という日本語は日本語になってるのか。私は一抹の不安を覚えた。


「そういえばわたし、電気あんまされたことない」


あの子は言った。満員電車の中で。私もないよ。私は無意味な返事をした。隣で四十がらみの男性が咳払いをした。この人は電気あんまされたことあるだろうか? 訊いてみたかったけど、訊けなかった。私もいつか、四十がらみになるのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る