第8話 蟷螂
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…蟷螂
――カマキリ、
影法師はそうはっきりと言った。
美恵子は言い放った影法師の素顔を覗き込もうと眉を強く寄せた。
寄せる力が加わると蝋燭に僅かに照らされた影法師の顔形が朧げに見えて来る。
顎まで伸びた髪、そして綺麗な鼻筋。唯…目元は垂れる前髪で見えない。想じて自分が思う影法師はロック系の容貌なのかもしれない。
もう、見えぬ容貌は良い。
それよりも蟷螂とは何だ?
どういう意味だ?
美恵子はその意味に何か食いつく様に眦を上げた。それは自分の生存領域(テリトリー)に這入りこんで来た敵を捕食する蟷螂の鎌の様に。
「蟷螂…そうですね。それは結末を思って思わず出た言葉ですが…まぁ、それもいずれ意味がお分かりになることでしょう」
(…結末?)
美恵子は目を細めた。
影法師の放った言葉。
(コイツ…何を?)
美恵子は影法師の言葉に心揺さぶられている。
深い心の闇を覗き見た、そんな言葉に。
美恵子は瞼を閉じて考えを巡らせる。
この影法師、先程他にも何か言わなかったか。
瞼の裏に浮かぶ言葉を探す美恵子。
美恵子は瞼を開けた。
(そうだ…コイツ)
眉を寄せて苦虫を噛むような表情になった。
――いえ、実に不思議なくらい。僕とあなたはその領分が重なるようですね。本当に見事なくらい
(…領分が重なる、そう言ったな…)
それはきっと自分と影法師が出会った場所の事だろう。
それは自分の行きつけのジム、カフェ、夜の外国人バー、そして朝の川沿いの散歩道。
美恵子にとってそれらの場所は長い年月をかけて見つけて、そして手入れをしてきた自分の生存領域(テリトリー)。
確かにそれらは日々の仕事のすり減らされた神経の緊張も戻す場所でもあるが、勿論そこで誰とも出会わないという孤独性の自立までを意味しているわけではない。ごく限られた人間の出入りは認めている。
それは自分にとって領域に這入りこんだ敵として捕食すべきものではない。つまり自分の精神の均衡を保たせる存在として条件的に認めている。
条件的とは何かと、もし聞かれればそれは…
グラスが傾いて、中の液体が美恵子の想いと共に喉を流れて行く。
――それはつまり領域を犯されないこと
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