第115話 生存確率99.9%⑦

 壁蹴りで落ちてきた穴を登っていく。

 2人が無理だそんなことはできないと駄々をこねたので一時収納しておいた。


 キャンプ地の元最下層に戻ってきたときには、冒険者は誰一人として残っていなかった。


 ちょうどいいので収納からバジェットとハクレイとゼンちゃん、そして本当の最下層でエンシェントクイーンキャタピラーの近くにいたスミナ改め、スミルナ・スターリングを取り出した。

 スターリング家は聞いた記憶のある名前なので、この娘は貴族で間違いない。


 衰弱していたスミナを回復させ、本人にスミナとグリーンが捜索の対象者になっていたことや本当の最下層から救出したことなどを伝えた。


「この度は、助けてくださいましてありがとうございます。どうお礼をしたらいいのか」


「偶然、とてつもない陥没が起きて、あの縦穴ができてくれたおかげだよ。でもスミナはどうやってあそこまで行くことができたの?」


 私1人が掘ったとはいえない規模なので、陥没が起きたことにした。


「行ったわけでは無く、ジャイアントキャタピラーの土潜りに巻き込まれましたの。まるで底なし沼に落ちたようでしたわ」


「グリーンって人も?」


「そうだと思います。直前までは一緒でしたから。でも気が付いた時は真っ暗な場所で手元も見えないぐらいの闇の中でした」


 スミナはあの最下層まで運良く運ばれただけなのだろうか。だとするとグリーンは地中で息絶えたのかもしれない。


「スミナがいた最下層には巨大なキャタピラーがいたから、もしかして餌にされたのかもしれないね」


「護衛役とはいえグリーンには申し訳ないことはしてしまいました」


 グリーン、お前いい奴だったんだなと、追悼の思いをめぐらせていると遠くからあのベテラン冒険者達の1人、インサートの声がした。


「まだ避難していなかったのですか!」


「あ、その、見つけましたよ。この方、対象者のスミナさん」


 とスミナを紹介した瞬間、インサートの目がくもるのを見逃さなかった。


「これはこれは、ありがとうございます。それでしたらこちらで保護いたしますので。あとはグリーンさんだけですね」


「それですが、助かったのはわたくしだけのようでして、グリーンはもう……」


「そうですか、残念です。詳しくはダンジョンを出てからうかがいますので」


「はい、承知いたしました」


 インサートがスミナの手を取り、連れていこうとするので


「ちょっと!?」

 

 インサートの手首をつかむ。


「何でしょうか? まだ何か」


「貴族令嬢の手を、どこの馬の骨かもわからない男が、許しも無く握るのは感心できないのだけど」


 あからさまにムッとした表情を浮かべるインサート。


「それに、なんでベテランのお仲間2人が私達の背後で息を潜めているの?」


 その声で暗闇から、アコーとベゼルの2人が出てくる。


「いやー。随分勘のいい子だね。それとも目がいいのかな?」


「ああ、まさかインサートの女装趣味だけじゃなく、俺らの気配まで気づいていたなんてな。こりゃ将来有望だったのにもったいねーや」


「そうですね、会った時から察しのいいガキだと思っていましたが、ここまでされてると正直邪魔です。死体はジャイアントキャタピラーの土潜りにでも巻き込んでおきましょう」


 明確な殺意を向けてくれたおかげで覚悟が決まる。


「ハクレイ、バジェット。こんな奴らに負けないでね」


「ケーナとずっと一緒にいると決めたのですから、こんなところでハクレイは負けません」


「本格的なダンジョン攻略はこれからですからね僕も一緒に行きますよ」


 ハクレイはアコーと、バジェットはベゼルと、戦闘に突入した。


 状況を理解したスミナはインサートの手を強引にほどき私の後ろに回る。


「怪我はない?」


「わたくしは大丈夫です」


「その女を守りながら、戦うのですか。冒険者風情が勇者か英雄を真似するのも勝手ですが死を早めるだけですよ」


「勇者も英雄も私より弱いのに、真似する意味はないよ」


「これだからガキは。虚勢を聞くのも疲れますね。まぁ、すぐに終わらせます」


 インサートは自分の持っている松明を捨てると闇に紛れた。

 それをしたところで、存在が消えるわけではない。

 どこにいるかは把握できている。


 空を切る音と共に細長い針がスミナめがけて飛んでくる。

 初めから私ではなく、スミナを優先的に攻撃してくることに性格が現れている。


「一本でもかすれば、針に塗った毒ですぐにさよならですよ」


 卑怯な攻撃を許すわけもなくアブソーブで吸収していく。


「スミナ、絶対に動かないでね」


「はい動きません!」


 次から次へと飛んでくる針を全て無効化したのだった。


 100本ぐらいを超えたところで一旦攻撃が止む。


「まだ上手く避けているようですね、これも鋭い勘のおかげでしょうか? いつまで――」


 ドッス!


 体が硬直したようにバタンとインサートは倒れた。



 私は攻撃がやんだ瞬間に隠密を発動させ気配を消しインサートの背後に回り、アブソーブで吸収した針をそのまま放出させ、インサート背中めがけて打ち込んだのだ。


「確かに1本で十分だったね」


 状態は強麻痺、猛毒。みるみるインサートのHPは削られていった。


「こんな……ガキに……。いつから気づいてた……」


「怪しいなと思ったのは、あなたから貰ったポーションに甘い香りを感じたとき。でも確信を得たのはさっき、スミナを見る目に殺意があったから。ずっと警戒はしてたよ。あ、あとその女装は最初から分かってた」


「そんな、最初か……ら……」


 私の存在が不思議で仕方ないのだろう、疑問と苦しみの表情を浮かべ息絶えた。



 仲間の2人の戦いだが、ハクレイは元々レベルが高いし、背をゼンちゃんが守っているので心配はしていない。アコーにしてみれば想像以上に苦戦を強いられ、勝機を見いだせない様子。


 バジェットはベゼルの大剣に慣れたようで、トンファーで上手く捌きながら攻撃に転じている。

 多少のレベル差はスキルで埋めているが、決め手に欠けているようなのでこちらに参戦することに。


「インサートはやられたか!? まぁいい、2人同時でも俺は構わねーぜ」


 強気は結構。でもこちらも相手に合わせて遊ぶつもりもないので、大剣を砕き、顎を砕き、腕を砕き、膝を砕き、太い骨は拳でへし折ってやった。最終的には心も折れたのか泣きわめいている。


 それらを見ていたアコーは即降伏した。

 シーフだから元々戦闘は不向きなのだろう、引き際の判断が早い。


 このダンジョンについて何かを知る2人を、生け捕りにできたのは上出来だったと思う。

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