第6話 家出娘


 お父様、お母様へ


 1日だけお時間をください。少々外出してきます。


 試験では適性を見せる事ができませんでしたが、モンスターを倒せる実力を証明させてみせます。


 この件は私の独断です。ラルンテは何も知りません。叱らないでください。


 明日の朝までには必ず帰ります。どうかお許しください。 

 

 エーナより



◇◇◇



 手紙の第一発見者はラルンテ。

 いつも通り朝の挨拶のため部屋に訪れたのだがエーナの姿を見つける事ができず、この手紙を読んで事態を把握、旦那様に報告したのだった。


 こんな事になるぐらいなら、冒険者ぐらい許してあげれば良かったと後悔するベンドラであったが後悔ばかりしているわけにはいかないと捜索の指揮にあたった。


 世間体を気にしたベンドラは身内のものだけで捜索しようとしていたのだが、溺愛している母親がそれを許すわけもなく、即ギルドに駆け込み緊急依頼書を作成させた。衛兵などにも緊急の伝達がなされ町ではちょっとした騒ぎになっていた。


 ギルドでは通常の依頼が全て停止。緊急依頼のみが張り出されていた。


『緊急捜索 エーナ・カスケード嬢』


 カスケード家三女のエーナ嬢の緊急捜索依頼

 歳は12歳、顔立ちは整っており、肌は色白、髪はロングで色がローズブロンド。


 服装はドレスまたはメイド服を着用してる可能性あり。

 モンスターが出現する場所を重点的に探されたし。


 受注条件レート 条件なし


 達成条件 発見と保護


 報酬 金貨300枚 一括即払い


 レート増減 成功+50 失敗の場合でも+5



 報酬額の多さに冒険者達はお祭り騒ぎであった。誰でも依頼を受けれて、さらに失敗してもレートがプラスになるおまけ付き。

 受けない理由がない。

 善意で見つけ出そうとする者、レートの数字欲しさにとりあえず受注する者、報酬の金目当ての者、辺境伯に貸しを作ろうとする者、お嬢様とお近づきになるチャンスと捉える者、お嬢様を誘拐しさらに金を吊り上げようと企てる者、中には誰が最初に発見できるか賭けを始めた者まで出て来る始末だった。


「そこの兄さん、あんたも緊急依頼受けるのかい?」


「だったらなんだ」


 依頼を受けギルドを出たところで声をかけられた1人の青年。


「まぁまぁ、そんなツンケンするなよ。こんな破格の依頼を受けない奴なんていないさ。オレはガルム、今回の誰が最初に見つけられるかの賭けを任されてる。でだ、兄さん名前を教えてくれないか?」


「こんな事でも商売にするなんてたくましいな、俺の名は…グランジだ」


「レートは?」


「10だ」


「は?」


「だから、10だ!」


「おめぇ、ペーパーのペーじゃねーか! 面構えからして中々の猛者に見えたんだがよ。頑張んな! 今回のライバルどもはつえーぞぉ。串刺し供が評価欲しさにゴロゴロ参加してやがる」


「俺には関係ない」


「大した自信だな、だが、それぐらいじゃなきゃ冒険者はつとまらねぇーよ」


「その賭け、俺は何倍だ?」


「自分に賭ける気か? よしとけぇ! 金の無駄だ! ハッハッ!」


「何倍だ!?」


「しょーがねー奴だなぁ、ペーパーの奴は一律150倍だよ」


「のった。財布の中身全て懸ける」


「おいおいおい正気か?」


「問題ないだろう」


「こちとらちゃんと注告したからな。自己責任だぞ」


「分かっている」


「ちなみにいくら持ってんだ」


「銀貨1枚だ」


「元から金なしかよ。確かに受け取った。まぁ頑張れや」


 ベテランから新人までほとんどの冒険者が捜索にあたり、ありとあらゆる手段でエーナ嬢の発見に努めた。

 いつになっても痕跡1つ出てこない状況に誘拐説や死亡説などの噂まで囁かれている。

 だが夕方になり捜索を諦めて帰ってくる冒険者の報告の中に、痕跡とは言えないにしても、不可解な情報がギルドに報告される様になった。

 

 カスケード邸から西にあるナタの森を捜索した冒険者達は、口をそろえてモンスターと出会わなかったと言ったのだ。


 街道があるわけでもなく、町からも離れているナタ森は、いつもなら低級から中級のモンスターがそれなりにいる。

 丸一日森にいてモンスター1匹見ない、しかもナタ森に入った全てのパーティーやソロの冒険者がそう答えたのだ。


 モンスター同士の縄張り争いをする場合でも、モンスターの集団移動にしても争った痕跡や足跡などは必ず出てくるはず。

 しかし、そういったことではなく忽然と姿を消したような感じだったという。静まり返った森にこちらを見られているようで、逆に恐ろしくも感じたと言う冒険者もいた。


 これは手がかりと呼べるものなのか、ギルドマスターのヘッケンも経験した事のない事態に頭をかかえていた。


(家出少女、消えたモンスター、んーどう繋げたものか……)


「マスター! ベンドラ・カスケード様がお見えになりました」


「お通ししてくれ」


 ギルド総動員でも成果0。この状況を報告しなければならいギルドマスターの胃がキュルキュルと締め付けられる。


 念のためと胃薬を飲んだところで、秘書に案内されベンドラが応接室に入ってくる。


「久しいな、ヘッケン。元気か?」


「お久しぶりでございます。ベンドラ様もお変わりないようで。どうぞ、お掛けになってください」


「すまないが、もう1人相席してもいいか」


「構いませんとも」


「ロット!」


 呼ばれて、入ってきたのは庭師のロットだった。

 ロットとギルドマスターのヘッケンは過去に何度も災害級モンスター討伐で組んだ仲間だ。


「よお、ヘッケン。しかし偉くなったものだ」


「庭師を紹介したときは、まだサブマスターだったからな」


 ヘッケンの口元も一瞬緩み、どちらからとも言わず握手をする。旧知の仲というものなのだろう。


「せっかくの再会のところ申し訳ないのだが、私からいいかな」


 母親が朝から駆け込み、ギルドをお騒がせしてしまった事、緊急の案件にしてくれた事、ギルドが全面協力してくれた事、謝罪と感謝を伝えて心づけを差しだす。


「僅かばかりだが取っておいてくれ」


 黒い小さな筒には金貨がピッタリ20枚入る。ヘッケンはすぐさまコレが何かを察し、賄賂にもなりかねないお金は受け取れない事を必死で説明し懐に戻してもらった。

 依頼料は既に受け取っているのでこんな時に、ギルドマスターが粗相するわけにはいかない。


「面目ないのですが、まだ目撃情報すら上がってきておりません。ただ1つ気になることがありまして」

 

 2人がグッと迫って来たので、関係ないかもしれないと、前置きしつつ話を続ける


「ナタの森のモンスターが消えたそうです。争った跡も集団で移動して行った跡もなかったようで。私が知る限り、このような事は今までありません。今回のエーナ嬢の家出と何か繋がりがあるとは思えないのですが、こうもタイミングが重なっていると無関係とも言い切れないことでして」


「確かに、ナタの森は私の家からそう遠くない、モンスターもあまり強いものはいないと聞く……」


「しかしですね、12歳の女の子が1人でどうにかなる場所でもないですから、関係性は薄いかと」


「それについてはロットが良く知っている」


「はい、エーナお嬢様の強さでしたらナタの森にいるモンスターでは取るに足らないでしょう」


 ヘッケンにとって、かつては共に戦い強さを競い合ったロットが、強さについて相手を褒める様な言葉に驚き目を丸くする。


「驚くのも無理はない。俺だっていまだに信じたくない。そして、まだまだ力を隠してると言ってたら信じてくれるか?」


「ロット、いくらなんでも言い過ぎだろう。それが本当ならエーナ嬢は……」


 ヘッケンは父親の前で娘を化け物扱いしそうになるすんでのところで言葉をのみこむ。

 じんわりと汗が吹き出し、喉が枯れそうになりながらもなんとか続けた。


「……しかし、お前が嘘をついている様には思えない。それに嘘をつくならもっとマシな嘘を言うだろうしな。今ある情報を繋げるなら、エーナ嬢がモンスターを狩るため家出しナタの森へと向かった。エーナ嬢は隠していた力を発揮させモンスターを片っ端から討伐。何らかの方法でモンスターを隠し、さらには捜索の目からも逃れ、痕跡を残さず、単独で一夜を明かすつもりでいる。ということですか」


 無理矢理立てた仮説だが、そう言う事になる。

 納得し難い仮説でも、他に確かな情報がない以上これを信じるしかない。

 どちらかと言うと、噂されている誘拐説や死亡説の方が説得力がある。


 日が沈み捜索がより困難になってきた事を考慮すると、冒険者達を向かわせるわけにはいかない。

 なにせ、もし仮説が正しければ明日の朝には戻ってくるのだから、明日の朝また考えれば良い。

 と気軽に考えたいのだが、母親は寝ずにエーナを待つと言っているらしく、ベンドラとロットはギルド近くの宿に泊まり情報を集めるとのこと。

 こうなると、おちおち寝てられなくなったヘッケンであった。

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