暑い国で生まれた歌

野田詠月

序章


「今度生まれ変わったらお袋の言うことを聞いて大学へ行く」

南の夜空はそんな陳腐な台詞を笑わずにただ熟れた月を抱く

ダニーボーイで歌ってた十七歳の僕を微笑みながら恫喝したい

「安定や平和なんてこの世界のどこにもないんだぜ」と

時は流れて、月末の空腹と眩暈を伴う飢えを何とか凌いで

何とか人間と感じられるような気分で水シャワーを浴びていると

「こんな男になるはずじゃなかったのに」と涙があふれ出して

今月も生き延びることができた奇跡への感謝が曇ってゆく

メコンの酔いに身を任せ、

真夜中のキッチンで

あの娘を抱けない渇望と苛立ちを

錆びた弦に乱暴に叩きつけた

暑い国で生まれた歌

リリカルで美しい歌詞とは裏腹の

生臭くて、血の匂いがする

慕情というには身勝手なあの歌を

過去を知る者も理解者も一人もいない

この東京で口ずさんでいる

暑い国で生まれた歌を

心変わりをした南の国と

不親切な故郷と

淋しいくせに他人のフリをするあの娘に

わかってくれないことなどわかってるのに

暑い国で生まれた歌を

祈るように

すがるように

暑い国よりも暑い夏の夜に

ひとり歌っている

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