第四章・第十七話 懺悔

 ――私も「被害者」の一人ではある。

 けれど、「語り継ぐ」事はできない。

 それでも、「私にしか表せないこと」があるのは、確実だった。


 時間軸は前後するけれど、藤堂のことを警察へ通報した日をキッカケに、武尊とキチンと復縁した。


 そもそもあの日、武尊が電話をかけてきたのは、「やり直さないか?」という相談のためだったとのこと。


 嬉しかった。

 そんなの、という言い方はまったくおかしいけれど、こっちから頼みたかった。

 むしろ、何が何でも、という思いだったから、ほんとうに嬉しかった。


 武尊は「俺が悪かった。短絡的すぎたよ。許してくれないか?」と謝ってくれたけれど、悪かったのは全面的に私の方だ。許すとか許さないとか、それ以前だった。


 えっ? あれだけ憎んでいた相手なのに、ずいぶんあっさり元サヤに収まったな、ですって?


 じゃあ逆に聞いていいかしら?

 一番辛かった時に、一番頼りたかった相手から、あれだけ献身的な愛情をたっぷり受けて、万倍以上に惚れ直さない女がいるとでも?


 ただ、全てが順風満帆というわけには行かなかった。


 全てに決着がついた頃、季節は次の春になっていた。

 でも、罪悪感に苛まれ、寝込んでいた間、どこへも出かけられなかった。


 当然、大学にも行っていない。いくつかの必修単位を落としたし、卒論も書けなかった。結果、留年することになった。予定通りに卒業できないのだから、就職の内定も取り消された。


 けれど、誰か責めるべき相手がいると思う? いるはずがない。粛々と遅れを取り戻すことに専念した。


 所属するゼミは、担当の老女性教授がすごく自由闊達な性格で、普段の論文なんかも既存の型に囚われることなく、多少の語弊はあるけれど、好き勝手に書かせてくれた。


 その風潮に甘えて、卒論として、小説を書くことにした。

 創作の経験はない。いかにゼミで日本文学史を研究していて、古典を中心にそれなりの数の本を読んではいても、書くとなれば話は別だ。


 文章を書くこと自体はさほど苦手ではないものの、自信なんてなかった。けれど、書くしかないと思った。


 あえて、過去のどの文豪も意識せず、完全な我流で書くことにした。

 その分、執筆は相当な骨だった。

 ただし、単位がどうこうと言うよりも、義務があると信じていた。


 四ヶ月ぐらいかかっただろうか? 苦難の末に、小説は完成した。

 付けたタイトルは、『独裁者になりたかった女道化師』。


 もちろん、「あの事件」にまつわる体験をベースにした内容の、フィクション風の私小説だ。


 己の愚かさを、短絡さを、狭量ぶりを、余さず綴った。ある意味、懺悔のつもりだった。同時に、主人公(つまり私)を救った、愛の尊さも盛り込んだ。


 長さ的には四百字詰め原稿用紙で二百枚程だったけど、掛け値なしで、悔恨を、懺悔の思いを、全部詰め込んだ。


 提出後の、教授の部屋での面談。

 教授は、まず神妙に言った。

「あれは、あなただったのね」


 もちろんそれの意味するところは、一般的な報道で繰り返し伝わっていた、「藤堂拳が本気にした冗談を言った同級生の女子」が、私だと言うことだ。


「……はい。これは、私なりの懺悔です」

 率直に、答えた。優しい笑みで、教授は続けた。

「あなたがそこまで気にする必要なんか、どこにもないのよ。けれど、たとえあなたの中でしこりが残り続けたとしても、ね? 今後の人生で、不要に卑屈になることだけはやめなさい?」

「……はい……!」

 嬉しさで、目頭が熱くなった。


「それにしても、初めて書いた小説とは思えない出来映えね。十二分に、単位を与えるにふさわしいわ」

「あ、ありがとうございます!」


 教授はいたく褒めてくれて、何ら渋ることなく八単位をくれた。

 その他、落としてしまった単位も真面目に講義と試験を受けて取得し、無事に卒業できた。


 武尊は、待っていてくれた。

 卒業と同時に、プロポーズをされた。


 拒否する理由なんて、天王星まで飛んでいっても見つからない。

 感涙にむせびながら婚約指輪を受け取り、程なくして、「宮本征美」になった。


 結婚式は、私が、派手なものが嫌いということもあって、互いの家族だけを招いて、小さなチャペルでささやかに挙げた。それで、十二分だった。掴めないと思っていた、幸せだった。


 ……これから、話は少し脱線するのだけれど、語るべきだと思う事が続く。

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